夏になると、自宅マンションの共有部分などに、セミやカナブンなんかが仰向けになっていることがある。
自宅の近くには少しばかり緑があるから、虫たちも飛んでくるのだろうが、こんなマンションのコンクリートの上で行き倒れになってしまうのはなんとも可愛そうである。
そんなときは仰向けの虫に、そっと人差し指を差し出してあげる。
ふと芥川龍之介の『蜘蛛の糸』が脳裏をよぎる。
私は功徳を積もうなどという気はさらさらないが、行き倒れになりそうなコンクリートの上の虫を見ると、なんだか「差し出されている」ような気になる。もしくは、助けを求めに来ているのかもしれない、などとも思う。
先週末、今年も彼らは私の目の前に現れた。
最初はカナブンかと思いきや、差し出した指につかまってきた彼の全体を見ると、少し違う。
その姿からそれは「コフキコガネ」であることをグーグル先生が教えてくれた。
昆虫の住む世界は我々人間が住む世界とは別の異界だという人も居るが、なるほどそうかも知れないと、意外にかわいいコフキコガネの目を見ながら思った。
カナブンと間違えたことを彼に詫びた。
ところが、これまた毎年の体験と同じように彼がなかなか私の指から離れてくれない。
きっとおなかがすいているのだろうと思った私はティッシュペーパーに砂糖水をしみこませて彼をその上に移し変えると、仕事に出た。
さてその日の夜、自宅へ戻るとまだ彼はそのままの姿でいた。
もしや…お亡くなりに、と思ってそっと触れてみると手足が動く。
良かった、まだ生きている。
そこで、もう一度グーグル先生に彼について聞いてみると、なんと彼らは樹液ではなく、クヌギなどの葉っぱを食べるというではないか。
そうか…私はまた勘違いをしていた。セミとは違うのだ。
私は再び彼に詫び、翌朝クヌギの葉をさがしてくるからね、と約束し家を出たのだった。
そして大学の授業の帰りに駐車場へ通じる坂道で偶然、クヌギらしい葉っぱを見つけた。
よし、とばかりにちょっと数枚失敬して、かばんに入れた。
これで、彼は喜んでくれるだろうか、砂糖水の件を忘れてくれるだろうか…。
彼が葉っぱをおいしそうに食べてくれる姿を思い描きながら、ちょっとにやけた。
しかし、家に戻ると、コフキコガネ君は、忽然とその姿を消していた。
少し慌てた。さて彼はどこへ行ったのだろう。
近くでカラスが「カァ」と鳴いたのが気になった。
元気になって大空へ羽ばたいてくれたのなら良いけれど…。
それ以来、彼はもどってきて居ないが、なんとこの葉っぱがクヌギではないらしいということが後に判明した。
仮に彼がまだ居たとしても食べてはくれなかったかもしれない。
ん~。またもや勘違い。
重ねての勘違いでつくづく思った。
もしも私が植物の世界にも昆虫の世界にも、それぞれの世界に通じる言葉を、知っていたたらなぁ。こんな勘違いを重ねずに事態を解決できただろうに。
しかし、まてよ。
もしも言葉が分かったら、余計なお世話と、弱っていくコフキコガネ君を狙っていたかもしれない鳥や、勝手にむしりとられた葉っぱたちからお咎めを受けるかもしれない。
ああ、またもや妄想癖。
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