数日前、所用で通りかかった近所の商店街では、イルミネーションの電飾作業が行われていました。
もう10月も終わりですから、商店街では11月になればクリスマス🎄や年末商戦に突入、その準備でしょうか。
私も自分の舞台を終えるやいなや、七ヶ浜町で開催するミュージカル公演の準備で連日現地入り。
駆け足で季節が過ぎていくように感じています。
数日前、所用で通りかかった近所の商店街では、イルミネーションの電飾作業が行われていました。
もう10月も終わりですから、商店街では11月になればクリスマス🎄や年末商戦に突入、その準備でしょうか。
私も自分の舞台を終えるやいなや、七ヶ浜町で開催するミュージカル公演の準備で連日現地入り。
駆け足で季節が過ぎていくように感じています。
感染症予防策の一環として客席を半数以下に減らして、1回当たり80席限定での開催となったミュージカル・ピクチャー・ブック『注文の多い料理店』。
おかげさまで全公演ほぼ定数のお客さまにおいで頂き、無事に終了することができました。
ご来場のお客さまはじめ、本公演開催にあたりご尽力頂きました全ての皆さまにこの場をお借りして心より感謝申し上げます。
尚、公演の写真の幾つかがSCSのInstagramにてご覧頂けます(^^)
すっかり更新をサボってしまい早2週間が過ぎてしまいました。
此の間、仕事はサボっていたわけではないのですが、とにかく一日が矢のように過ぎていきます。合間に温泉に浸かるのは忘れていませんが(笑)
今週末のライブコンサートに備えてギター弦の交換などもやりました。
今回私はナイロン弦のギターを使います。もちろん相方のサイトウミノルはエレキギター、フォークギター、クラシックギター、コンピュータ(今やコンピュータも楽器ですね)を駆使して全体を支えてくれます。
サンドイッチ形式でお送りするライブパフォーマンスの「具」に当たる部分は『注文の多い料理店』。芝居部分の音楽はほぼサイトウミノルの作品です。先日の稽古場では藤田和正と眞坂祐貴の演技が光っていました。役者やダンサー、子どもたちにも大いに支えてもらいながら上演する『Musical Picture Book』(チラシは前回記事に掲載してあります)、どうぞお楽しみに!
一方、11月には七ヶ浜でミュージカルで上演。チケットの発売も開始されて、順調な滑り出しを見せています。演目は『七つのはまのいき物語』今回は七ヶ浜町のミュージカルグループ「NaNa5931」の結成20年を記念して、これまでの人気キャラも登場する面白いオリジナルミュージカルになりそうです。
今回は、現場の劇場で梶賀センセが場面をつくりながら、台本を同時執筆していくスタイルです。もちろん振付も同時進行していきます。
こちらの情報も折を見てこのブログでも紹介していきますね。
今月、JUN_haevest のライブやります。Musical Picture Book (ミュージカル・ピクチャー・ブック)と銘打って、この春に開催した新しいスタイルのステージの第2弾です。
今回は宮沢賢治の『注文の多い料理店』をモチーフに、ライブの間にミュージカル風のお芝居をサンドイッチするという Musical Picture Book ならではの一風変わった構成です。
サイトウミノルと私ヒロセ純の共作で全曲オリジナルの音楽をギター2本+αの構成でお届けします。
今日のニュースによれば、どうやら今月末で緊急事態宣言や蔓延防止重点措置などは解除されるような雰囲気になってきている。
しかし、油断禁物であることに変わりはない。 私たち舞台芸術に関わるものたちにとっては、感染防止と安全確保の策を、稽古場でも劇場でも常態化させる取り組みが必要であると感じている。
昨日から開始しているSCSミュージカル研究所の公演では、そうした対策を施した上でお客さまにミュージカルや舞踊劇、コンサートなどを楽しんで頂く挑戦を続けている。
検温や消毒は勿論のこと、万万が一のために半券の裏にご連絡先を記入いただいたり、アンケートはQRコードを読み取っていただきき記入する方法をとったり、少し寂しいですが、キャストへのプレゼントは辞退させて頂いたり、出演者によるお客さまお見送りを取りやめたり…お客さまへのお願い事やご負担も増え我々主催者側でも多くの条件や制限を設けて実施している。
それでも、手間や負担は増えても、舞台の灯を消さぬよう、子どもたちが踊ったり歌ったり演技したりできる場をなんとか繋いでいこうというのが我々の決意でもある。
子どもの成長は早い。この2年近くのマスクをつけた生活様式がどんな影響を及ぼすのか見当がつかないが、人生を謳歌するには、文字通り人間は歌ったり踊ったり時には演技を楽しみ、未来に向かっていくのだと、ミュージカルづくりという狭い範疇かもしれないが、明るく地道に伝えていきたいと考えている。
写真は、昨日公演前リハーサル時のスナップ。
公演の前後にはボランティアスタッフによる客席消毒作業などがその都度行われている。

最近気になる言葉が「しっかりと」。
特に政治に関わるような責任ある方の発言に目立つ。しかし、ご自分で「しっかりと」を多用される方ほど「しっかりとした具体策をもっていない」ように感じるのは私だけであろうか(笑)
さて、コロナ禍においてしっかりとやらなくちゃいけないのが、感染症対策。特にわれわれ舞台づくりや上演に関わる者としては、頭の痛いところである。
一昨年まで当たり前のようにやっていたことのすべてにおいて、ひと手間も二手間もかかってしまう。しかし、安全対策を施しながら舞台の灯を消さない努力を続けることも我々の使命のひとつであろう。
先日、仙台オペラ協会の作品を拝見した。弊社も僅かながら毎年協賛させていただき楽しみにしているこの公演も、昨年からのコロナの影響は大きい。しかしながら、久々に聴いた仙台フィルの演奏も、コロナで苦労しながらお稽古を重ねたであろう出演者の皆さんも最後まで素晴らしかった!特に侍女トリオの歌は印象的。演技もよかった。
実は、先月はじめに私は先方協会事務局長と感染対策で情報交換をしていた。7月に我々がやはり大ホールを使って素人が参加するミュージカルの上演を行っていたから、その時の感染対策方法などについても意見や感想を求められての電話会談であった。 お互いに最終的に無観客とか中止とか、先の読めない状況下での準備に不安を感じながら制作を進める立場であったので、会談はまた励みにもなった。
さて、今回公演当日、仙台オペラ協会様の出演者は全員PCR検査を行ってから舞台に臨んでいたそうでである、お客さまや関係者に対する感染症対策も、おそらく考えられることすべておやりになっていたのではないだろうか。
情報交換の際には「しっかり」という単語はお互いに使用していなかったが、今回のオペラ公演は、まさに「しっかり」とした感染症対策が施されていたと感じた。
ひょっとして「しっかりと」という言葉は、自分から言うのではなく「あの方の○○対策は実にしっかりとしている」などと、客観的な立場で使われてはじめてその言葉本来の意味を持つのかもしれない。
今週は月曜日から木曜日まで連日温泉に入るという幸運に恵まれました。
休みらしい休みを取ったのは今年は初めてかも。健康自己管理もたいせつということで久々の休暇、留守を預かってくれる優秀なスタッフの皆さんに支えられてコロナ禍のご時世を泳いでおります。
県内のとある温泉旅館に投宿しました。泳いでいると言えば、立派なお庭の池では外のコロナ騒ぎとは関係のないような立派な鯉がいらっしゃいました。私の故郷では鯉は食べ物ですがそれは養殖鯉(笑)
大きな鯉の美しい泳ぎにしばし見惚れて、お池というクローズな環境でも、堂々として悠々と泳ぎ生きるその姿は、世知辛いこの世に生きる私たちになんだかちょいとヒントを頂いた気も。
このお宿、お湯が良いので日中は日帰り客で大賑わいですがこの日泊まりは私ひとり。よって宿泊者のみ入れる時間に素晴らしいお湯を独り占めで堪能させていただくという、これまたラッキーな経験をいたしました。
この期間、パソコンや楽器も持参しておりましたが、やったことは締め切りが来ていた原稿を1本書いたのみで、基本的にボーっとして過ごしました。
意図的に作ったヒマ持て余して、友人に「♫みちのくsoloり旅〜」とメールしてみたらウケたので、私も親父ギャグを飛ばす立派な湯治客になったと自覚いたしました。
コロナ禍の2021年も4分の3を過ぎて、9月に入ってしまいましたね。
昨日は所用で東北学院大学の泉キャンパスに出かけました。何と1年半ぶりの訪問です。
折しも宮城県は緊急事態宣言下。大学の感染対策レベルも上がっています。
夏休み中とはいえ、人影のない静かなキャンパスに立つと、一瞬異空間にいるような感覚に陥ります。学生の「気配」が無くなっています。
耳を澄ませば、遠くに夏の終わりを惜しむかのような蝉の声と、秋の始まりを告げる虫の声が混じり合って聴こえていました。
8年ほど前から担当している私の授業は人数の関係で、昨年も今年も毎週授業動画を制作しオンデマンドで実施しせざるを得ませんでした。
学ぶ側にも教える側にも、忍耐と工夫を強いる時代が続いています。
SCSミュージカル研究所が受託指導を行っている2グループ。創意工夫をこなしながら、今週は身体を動かすことが中心のメニューです。
「間隔」のNaNa5931(宮城県七ヶ浜町)
「遠隔」の伝国座(山形県米沢市)
スクリーンの向こうのSCSお稽古場とつなっがって、レッスンが進行していきます。
山すそのカフェで、ランチが運ばれてくるまでの間、窓の外の色と音を楽しむ。
トンボがじっと草の先にとまっている。蝉の合唱はまだ元気が良いけれど、その調べはあきらかに夏の終わりのトーンだ。 時折小鳥や蝶が眼前を去来する。
窓枠で切り取られた景色を見ているだけでも、なんてこの世は生命に溢れているのだろう、と思う。この世は生命の大河だ。
「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。」と鴨長明さんはおっしゃった。
季節は同じように移っても、去年の自分、5年前、10年前の自分とも違う別人が今外を眺めているのである。我が体内の細胞たちも一年で大体入れ替わるらしい。つまり、今日の自分が一番新しい。
コロナ禍でどうしても室内にこもりがちだが、短い時間でも自然と向き合い、そしてお稽古場に身を置き子どもたちと向き合う。
次の一手、道標はその繰り返しから見えてくるに違いない。