湯けむりの中に、
ぼーっと居ると、
頭が空になっていくのを感じます。
もともと容量の少ない頭ですから、
空になるのも早く、
そうすると、
何か詰めておかなくちゃ
という気にもなります。
これはきっと、
「リフレッシュした」という現象なのでしょう。
@沢乙温泉(宮城県利府町)にて。
2018年1月31日水曜日
2018年1月30日火曜日
映画館
映画館の思い出と言えば、生まれ故郷の米沢にあった映画館で、小学校の頃に観たいくつかの作品とそのポスター。
昭和40年代のころ。通学路にあったたばこ屋の軒下には市内の映画館ごとにポスターを張るスペースがあって、上演中のものや、次回封切のものなど、なかにはちょっとセクシーなポスターまで、ベタベタとノリで張り付けてありました。
今思えば、親が訝るのを横目に行った映画館の中は、薄暗いことはもちろん、いつもたばこの匂いと軽いアンモニア臭がありました。また、今のように入れ替え制ではなく、作品上映の途中入場OK。明らかに朝からずっといるような学生風の方や、腕組みしたカップル(アベックともいう)、映画ファンと思しきおっさんが、1本終わっても居眠りしていたり。決して健全な雰囲気ではありませんでしたが、その妖しさが子供心に、大人の世界を垣間見るような気持になったものでした。
さて、いまの私はと言えば、映画を見るのはもっぱらタブレットやPCの画面。いわゆる「銀幕」には少々疎遠になっておりました。せっかくの映画もPCで観ると単なる動画の一種と化してしまうようで、少々物足りなく感じてしまうものです。
しかし昨日、突然映画館で観る機会を得て、鑑賞したのが『祈りの幕が下りるとき』。
久々の大画面!
結論から言うと、不肖ヒロセ純、無防備な観客と化し、この作品の素晴らしさにただただ感動。久しぶりに、もう一度見たいと感じた実によい映画でした。
阿部寛さんの存在感と演技はいわずもがな、印象的だったのは、少女役で登場する桜田ひよりさんの演技。これは世の父親たちの心を鷲掴みにして涙の海へ沈めるのではないかと思わせるものでありました。
一方、阿部寛さんの父親役を演じた山崎努さんが、余命を悟った病室の窓に浮かぶ月をみて付き添いの看護師に「あの月になれば(のところへ行けば)息子のことををずっと見ていられる、しかし息子には内緒だ」というシーンがありました。
映画を見ながら私は、母が亡くなる数日前に「純、おかあちゃんはもうこのからだはいらないよ」と私に言ったことを思い出しました。
何となくその時私は、母はどこに行くのだろうと感じていたことを思い出しました。
もう故郷の米沢には街なかの映画館も母もありませんが、今夜あたり、月を見たら、いろいろと思い出してしまいそうであります。
昭和40年代のころ。通学路にあったたばこ屋の軒下には市内の映画館ごとにポスターを張るスペースがあって、上演中のものや、次回封切のものなど、なかにはちょっとセクシーなポスターまで、ベタベタとノリで張り付けてありました。
今思えば、親が訝るのを横目に行った映画館の中は、薄暗いことはもちろん、いつもたばこの匂いと軽いアンモニア臭がありました。また、今のように入れ替え制ではなく、作品上映の途中入場OK。明らかに朝からずっといるような学生風の方や、腕組みしたカップル(アベックともいう)、映画ファンと思しきおっさんが、1本終わっても居眠りしていたり。決して健全な雰囲気ではありませんでしたが、その妖しさが子供心に、大人の世界を垣間見るような気持になったものでした。
さて、いまの私はと言えば、映画を見るのはもっぱらタブレットやPCの画面。いわゆる「銀幕」には少々疎遠になっておりました。せっかくの映画もPCで観ると単なる動画の一種と化してしまうようで、少々物足りなく感じてしまうものです。
しかし昨日、突然映画館で観る機会を得て、鑑賞したのが『祈りの幕が下りるとき』。
久々の大画面!
結論から言うと、不肖ヒロセ純、無防備な観客と化し、この作品の素晴らしさにただただ感動。久しぶりに、もう一度見たいと感じた実によい映画でした。
阿部寛さんの存在感と演技はいわずもがな、印象的だったのは、少女役で登場する桜田ひよりさんの演技。これは世の父親たちの心を鷲掴みにして涙の海へ沈めるのではないかと思わせるものでありました。
一方、阿部寛さんの父親役を演じた山崎努さんが、余命を悟った病室の窓に浮かぶ月をみて付き添いの看護師に「あの月になれば(のところへ行けば)息子のことををずっと見ていられる、しかし息子には内緒だ」というシーンがありました。
映画を見ながら私は、母が亡くなる数日前に「純、おかあちゃんはもうこのからだはいらないよ」と私に言ったことを思い出しました。
何となくその時私は、母はどこに行くのだろうと感じていたことを思い出しました。
もう故郷の米沢には街なかの映画館も母もありませんが、今夜あたり、月を見たら、いろいろと思い出してしまいそうであります。
2018年1月27日土曜日
牡蠣
門外漢ながら、今日は午後から「かきフォーラム・イン・仙台」(主催:一般財団法人かき研究所)というシンポジウムに参加して、牡蠣についてのお話を伺う機会がありました。
不肖ヒロセ純、内陸の山育ちですから、子供の頃に「牡蠣」は特別な食べ物でした。年に何度か(おそらく家計に少し余裕のあるような時)、母がカキフライと自家製のタルタルソースをつくってくれたことは未だに忘れられません。
大人になってから、即ち仙台に住み始めてからは、牡蠣はかなり身近なものに感じられるようになり、さほど特別なものとは思っておりませんでしたが、今日のフォーラムに参加してみると、非常に興味深い話題が続々。
特に印象深かったのは、かのジュリアス・シーザーが「宴席にカキを欠かしたことがない。5ダース(60個)は軽く食べる」とか、カキは一日に(1個体で)400リットルの海水を飲み込むとか、カキの安全性と食中毒に関する正しい知識、そして冒頭の森理事長のお話にちらと出てきたサンゴ礁ならぬ「カキ礁」という単語も初耳ながら、カキの海水浄化機能のすごさを想いました。
客席で先生方のお話を伺いながら、ふと、思い出したエピソード。
SCSの作品でもお世話になっている作曲家の上田亨さんが駆け出しのころ、師である池辺晋一朗先生に「先生、音楽家にとって一番大切なものは何ですか」という質問をされたときに、池辺先生は「上田、そりゃ、音楽以外の事だよ」とお答えになったとか。
牡蠣のお話から、私の頭の中ではいつしか自分の舞台づくりや音楽制作のアイディアと融合しそうになっている牡蠣たちが生まれていました。大変よい刺激をいただきました。「ミュージカル以外の事」、大事ですね。
牡蠣はおいしい。
ああ、食べたくなりました。
不肖ヒロセ純、内陸の山育ちですから、子供の頃に「牡蠣」は特別な食べ物でした。年に何度か(おそらく家計に少し余裕のあるような時)、母がカキフライと自家製のタルタルソースをつくってくれたことは未だに忘れられません。
大人になってから、即ち仙台に住み始めてからは、牡蠣はかなり身近なものに感じられるようになり、さほど特別なものとは思っておりませんでしたが、今日のフォーラムに参加してみると、非常に興味深い話題が続々。
特に印象深かったのは、かのジュリアス・シーザーが「宴席にカキを欠かしたことがない。5ダース(60個)は軽く食べる」とか、カキは一日に(1個体で)400リットルの海水を飲み込むとか、カキの安全性と食中毒に関する正しい知識、そして冒頭の森理事長のお話にちらと出てきたサンゴ礁ならぬ「カキ礁」という単語も初耳ながら、カキの海水浄化機能のすごさを想いました。
客席で先生方のお話を伺いながら、ふと、思い出したエピソード。
SCSの作品でもお世話になっている作曲家の上田亨さんが駆け出しのころ、師である池辺晋一朗先生に「先生、音楽家にとって一番大切なものは何ですか」という質問をされたときに、池辺先生は「上田、そりゃ、音楽以外の事だよ」とお答えになったとか。
牡蠣のお話から、私の頭の中ではいつしか自分の舞台づくりや音楽制作のアイディアと融合しそうになっている牡蠣たちが生まれていました。大変よい刺激をいただきました。「ミュージカル以外の事」、大事ですね。
牡蠣はおいしい。
ああ、食べたくなりました。
2018年1月25日木曜日
ぽつりぽつり、ざくりざくり
昨夜は、しょっちゅう顔をあわせるものの、なかなかゆっくりとお話しする機会のない、少し年下の友人S氏と、数年ぶりに食事をともにしました。
彼が気に入っているレストランのオーナーシェフが、偶然にも私の知人でもありました。
そんなご縁で、これまた数年ぶりに私もそのお店へ。
腕利きシェフの栗原さんは、我々の好みをすこし聞くと、さっと厨房へ戻り、あっという間にすばらしい料理を次々と繰り出してくださいます。
S氏との愉しい会話と、シェフのあったかな雰囲気で、今季最高の冷え込みといわれた仙台の夜を、ほんわりとした気持ちで過ごすことができました。
お店を出て地下鉄駅までの道、互いに会話の続きをぽつりぽつり。
天候のせいか、いつもより人通りの少ない県庁裏通り。
ふたりの靴の底からは、会話に混じって、ざくりざくりと氷のつぶれる音が、ビルの谷間に響いておりました。
彼が気に入っているレストランのオーナーシェフが、偶然にも私の知人でもありました。
そんなご縁で、これまた数年ぶりに私もそのお店へ。
腕利きシェフの栗原さんは、我々の好みをすこし聞くと、さっと厨房へ戻り、あっという間にすばらしい料理を次々と繰り出してくださいます。
S氏との愉しい会話と、シェフのあったかな雰囲気で、今季最高の冷え込みといわれた仙台の夜を、ほんわりとした気持ちで過ごすことができました。
お店を出て地下鉄駅までの道、互いに会話の続きをぽつりぽつり。
天候のせいか、いつもより人通りの少ない県庁裏通り。
ふたりの靴の底からは、会話に混じって、ざくりざくりと氷のつぶれる音が、ビルの谷間に響いておりました。
2018年1月23日火曜日
雪の日に想う
タイトルからすると、ロマンティックなことを考えたのではと思われる方もいらっしゃるかな。
さて、昨日からの大雪。飛行機が欠航したり、電車が運休したり、何しろ、東京の電車ホームへの入場制限の映像は結構衝撃的でしたね。
それで想ったのは、おそらくその日に帰宅する人の数は普段と変わらないのだけれど、一斉に帰ろうとすると、こうなるんだなぁということです。
東京のような大都会では、いつもこういう大混乱、パニックの要素をはらんでいるということがよくわかりました。仙台(人口108万)でも、ご覧の通りの大渋滞。みんな一斉に帰ろうとすると、朝のラッシュ時を超える混雑となります。おまけに雪道運転でみんなトロトロ。
カーナビの画面も渋滞で主要道路はほとんど赤く染まっています。
車で市内を5キロメートルほど移動するのに、1時間近くかかりました。こりゃ歩くのと変わらない?(笑)
しかし、こんな状態の時に、あの時のような地震や津波が襲ってきたらと思うとぞっとします。その確率はゼロではありません。
そんなわけで雪の日に想ったのは、渋滞で動かない車の中で、防災について。
せめてガソリンはいつも満タンにして、毛布やスコップを積んでおかなくちゃ。
さて、昨日からの大雪。飛行機が欠航したり、電車が運休したり、何しろ、東京の電車ホームへの入場制限の映像は結構衝撃的でしたね。
それで想ったのは、おそらくその日に帰宅する人の数は普段と変わらないのだけれど、一斉に帰ろうとすると、こうなるんだなぁということです。
東京のような大都会では、いつもこういう大混乱、パニックの要素をはらんでいるということがよくわかりました。仙台(人口108万)でも、ご覧の通りの大渋滞。みんな一斉に帰ろうとすると、朝のラッシュ時を超える混雑となります。おまけに雪道運転でみんなトロトロ。
カーナビの画面も渋滞で主要道路はほとんど赤く染まっています。
車で市内を5キロメートルほど移動するのに、1時間近くかかりました。こりゃ歩くのと変わらない?(笑)
しかし、こんな状態の時に、あの時のような地震や津波が襲ってきたらと思うとぞっとします。その確率はゼロではありません。
そんなわけで雪の日に想ったのは、渋滞で動かない車の中で、防災について。
せめてガソリンはいつも満タンにして、毛布やスコップを積んでおかなくちゃ。
2018年1月22日月曜日
こまぎれなOFF
最近はちょっと時間を見つけると、お湯に入りたくなります。
このブログ記事でも温泉ネタがあまり出てこなかったように、2年ぐらい前まではこんなことはありませんでした。温泉にそれほど興味がなかったからであります。しかし、3時間ぐらいまとまった時間があると、最近はウズウズします。
温泉マークの場所がとても気になります。
こまぎれなOFFの時間も、仙台では車で片道1時間半以内の場所に、このあとの私の人生には十分なぐらい(笑)の温泉マークの場所がありますから、すぐに行動。
今日もそんなワタクシが「川渡温泉」の旅館内に見つけたポスター。
そういえば、昔何かのCMで♪24時間闘えますかぁ~ジャパニーズ・ビジネスマンなんて曲がありましたね。
しかし今日の私はどんなものとも戦ってはおりませ~ん。脱力して湯舟に浮かんでおりました。
湯舟で目を閉じていると(温泉に浸かっているお猿さんのイメージ)いろんなことが頭の中で整理されていくのを感じます。
同時に様々な発想がわいてきます。
色々なことをやりたいという気力に満ちてきます。
こういう感覚は自宅の風呂ではほとんど起きません。
温泉効用のひとつでしょうか。
あえて、仕事から遠ざかるというのも自分を客観視するのに良いようです。
今後も、こまぎれなOFFの有効活用していかなくちゃ(笑)
このブログ記事でも温泉ネタがあまり出てこなかったように、2年ぐらい前まではこんなことはありませんでした。温泉にそれほど興味がなかったからであります。しかし、3時間ぐらいまとまった時間があると、最近はウズウズします。
温泉マークの場所がとても気になります。
こまぎれなOFFの時間も、仙台では車で片道1時間半以内の場所に、このあとの私の人生には十分なぐらい(笑)の温泉マークの場所がありますから、すぐに行動。
今日もそんなワタクシが「川渡温泉」の旅館内に見つけたポスター。
そういえば、昔何かのCMで♪24時間闘えますかぁ~ジャパニーズ・ビジネスマンなんて曲がありましたね。
しかし今日の私はどんなものとも戦ってはおりませ~ん。脱力して湯舟に浮かんでおりました。
湯舟で目を閉じていると(温泉に浸かっているお猿さんのイメージ)いろんなことが頭の中で整理されていくのを感じます。
同時に様々な発想がわいてきます。
色々なことをやりたいという気力に満ちてきます。
こういう感覚は自宅の風呂ではほとんど起きません。
温泉効用のひとつでしょうか。
あえて、仕事から遠ざかるというのも自分を客観視するのに良いようです。
今後も、こまぎれなOFFの有効活用していかなくちゃ(笑)
2018年1月21日日曜日
粛々と着々と
一見すると冬枯れの、
いつもの散歩道。
けれども、桜の木の下を通るとき、近づいてよく見ると、
「あら、枯れてなんかいないわよ」
という声が聞こえてきそうなのでありました。
乾いた厚い枝の皮、その下では、蕾の蕾のようなものが顔を出しそうです。
じっとして見える、こういう時期も大切なんだ。
風姿花伝のある一節を思い出しました。
粛々と、着々と美しい花をつける準備が進行しているのですね。
見習わないと。
いつもの散歩道。
けれども、桜の木の下を通るとき、近づいてよく見ると、
「あら、枯れてなんかいないわよ」
という声が聞こえてきそうなのでありました。
じっとして見える、こういう時期も大切なんだ。
風姿花伝のある一節を思い出しました。
粛々と、着々と美しい花をつける準備が進行しているのですね。
見習わないと。
2018年1月20日土曜日
学生寮
仙台の中心部を流れる広瀬川。
そこに架かる幾つかの橋のうちの一つ「牛越橋」近くに「仙台興譲館寮」があります。
私が学生時代にお世話になった寮ですが、当時はもう少し下流の淀橋(よどみばし)寄りにあって古びた木造の建物でした。現在は鉄筋の立派な建物になっています。
今日はその寮の新年会にお招きいただき出席して来ました。
世代の違いはあれど同郷である学生たちと酒を酌み交わしながらの語らいは懐かしさと楽しさが交錯する、豊かな時間となりました。
同郷といえば、新年会に参加する前の時間には劇団わらび座さんの『ジパング青春記』というミュージカル初日を観劇。劇中では米沢生まれとは触れられていませんが、伊達政宗公や支倉常長が登場しておりました。
興譲館は、伊達氏が去った後の米沢で上杉鷹山公に由来する藩校に起源を持つ学校です。現在は山形県立米沢興譲館高等学校という名前になっています。仙台興譲館寮は米沢とその周辺地区出身者などで組織する公益社団法人米沢有為会が管理して、学生が運営する自治寮です。
不肖ヒロセ純、この歳になっても、この学生寮で過ごした経験が役立っていると感じることがしょっちゅうあります。
現役の寮生のお酌を受けながら、若き日の自分の姿がふと重なる瞬間もありました。
なんだか米沢生まれの方々に縁のある一日。
ありがたき一日。
よき一日。
そこに架かる幾つかの橋のうちの一つ「牛越橋」近くに「仙台興譲館寮」があります。
私が学生時代にお世話になった寮ですが、当時はもう少し下流の淀橋(よどみばし)寄りにあって古びた木造の建物でした。現在は鉄筋の立派な建物になっています。
今日はその寮の新年会にお招きいただき出席して来ました。
世代の違いはあれど同郷である学生たちと酒を酌み交わしながらの語らいは懐かしさと楽しさが交錯する、豊かな時間となりました。
同郷といえば、新年会に参加する前の時間には劇団わらび座さんの『ジパング青春記』というミュージカル初日を観劇。劇中では米沢生まれとは触れられていませんが、伊達政宗公や支倉常長が登場しておりました。
興譲館は、伊達氏が去った後の米沢で上杉鷹山公に由来する藩校に起源を持つ学校です。現在は山形県立米沢興譲館高等学校という名前になっています。仙台興譲館寮は米沢とその周辺地区出身者などで組織する公益社団法人米沢有為会が管理して、学生が運営する自治寮です。
不肖ヒロセ純、この歳になっても、この学生寮で過ごした経験が役立っていると感じることがしょっちゅうあります。
現役の寮生のお酌を受けながら、若き日の自分の姿がふと重なる瞬間もありました。
なんだか米沢生まれの方々に縁のある一日。
ありがたき一日。
よき一日。
2018年1月18日木曜日
七ヶ浜国際村に仙台フィルがやってくる(^^♪
来月、2月11日(日)に七ヶ浜国際村ホールに宮城県地方音楽会の一環として、仙台フィルハーモニー管弦楽団がやってきます。
演奏予定曲 :
バルトーク作曲 ルーマニア民俗舞曲
ベートーヴェン作曲 交響曲第7番 イ長調作品92
指揮:平川 範幸氏
そして、演奏会の最後には、七ヶ浜町のミュージカルグループNaNa5931と仙台フィルによるスペシャルな曲が披露されます。
当日NaNa5931のメンバーが歌う予定となっている曲は、
『KIZUNA』(作詞・作曲 ヒロセ純)。
これはちょうど10年前の2008年に同じ国際村ホールで初演された七ヶ浜ミュージカル『KIZUNA』のタイトル曲です。翌年には自分のCDにも2番の歌詞を加えあらためて収録しました。3.11以降は、図らずも私のバンド(JUN_haevest)へのリクエストが増えた曲でもありました。
不肖ヒロセ純、自分の曲をオーケストラアレンジしていただくのは初めてのこと。どんな感じのサウンドになるのかなぁ。しかもそれを仙台フィルの演奏で、NaNa5931メンバーに歌ってもらうということは、大変にありがたく光栄に感じております。
当日の演奏がとても楽しみです。
みなさま、海のそばの劇場で奏でられる仙台フィルハーモニー管弦楽団の素敵なサウンドを味わいに、2月11日は是非七ヶ浜国際村へ足をお運び頂ければ幸いです。
お問合せ
七ヶ浜国際村事業協会:022-357-5931
因みに下記動画は『KIZUNA』コンポーザーバージョン(by JUN_harvest)
演奏予定曲 :
バルトーク作曲 ルーマニア民俗舞曲
ベートーヴェン作曲 交響曲第7番 イ長調作品92
指揮:平川 範幸氏
そして、演奏会の最後には、七ヶ浜町のミュージカルグループNaNa5931と仙台フィルによるスペシャルな曲が披露されます。
当日NaNa5931のメンバーが歌う予定となっている曲は、
『KIZUNA』(作詞・作曲 ヒロセ純)。
これはちょうど10年前の2008年に同じ国際村ホールで初演された七ヶ浜ミュージカル『KIZUNA』のタイトル曲です。翌年には自分のCDにも2番の歌詞を加えあらためて収録しました。3.11以降は、図らずも私のバンド(JUN_haevest)へのリクエストが増えた曲でもありました。
不肖ヒロセ純、自分の曲をオーケストラアレンジしていただくのは初めてのこと。どんな感じのサウンドになるのかなぁ。しかもそれを仙台フィルの演奏で、NaNa5931メンバーに歌ってもらうということは、大変にありがたく光栄に感じております。
当日の演奏がとても楽しみです。
みなさま、海のそばの劇場で奏でられる仙台フィルハーモニー管弦楽団の素敵なサウンドを味わいに、2月11日は是非七ヶ浜国際村へ足をお運び頂ければ幸いです。
お問合せ
七ヶ浜国際村事業協会:022-357-5931
因みに下記動画は『KIZUNA』コンポーザーバージョン(by JUN_harvest)
2018年1月17日水曜日
愉しい時間を持つために
一月も半ばを過ぎますと、さすがに正月気分も抜けてきて、正月気分が恋しくなってまいります(笑)
そんなわけで、昨日は仙台市のお隣り利府町で日帰り温泉。
小一時間ほど湯に浸り、
その後、さらにお隣の塩釜市へ移動。尾島町というところにある「ぐら」というお店。そこで20名弱が出席した「新年会」に参加したのでありました。
会場は豪快な焼肉パーティーといった様相。あたかも「新年気分納め」という感じで、飲んで食べて、皆さんおなかも大満足。
思えば私、昨年あたりからは特に「愉しい時間を持つために」お仕事させていただいている感じが強うございます。そうすると、すべてのお仕事がさらに楽しく感じるのであります。
フロイトは人生にとって大切なことは何かとの問いに「愛することと働くこと」と答えたそうですね。私もその考えに大いに賛同しておりました。
しかし、震災後、この言葉はとても重いものとなりました。なぜなら私の周囲にその2つ、すなわち愛する人と仕事の両方を失った人がいたからです。
震災を経て、私には「生きる目的は何か」という問いがさらに大きくのしかかってきました。海沿いの町で、仲間たちとの愉しい時間のあと、仙台に向かう空席の目立つ電車の中で震災直後数ヶ月の想いが胸の内を去来しました。
しかし、お酒も入っていましたから、あまり難しいことは考えられません。
ぼーっとした頭のままでいると、いつのまにか電車は終着駅の仙台に到着していたのでありました。
そんなわけで、昨日は仙台市のお隣り利府町で日帰り温泉。
小一時間ほど湯に浸り、
その後、さらにお隣の塩釜市へ移動。尾島町というところにある「ぐら」というお店。そこで20名弱が出席した「新年会」に参加したのでありました。
会場は豪快な焼肉パーティーといった様相。あたかも「新年気分納め」という感じで、飲んで食べて、皆さんおなかも大満足。
思えば私、昨年あたりからは特に「愉しい時間を持つために」お仕事させていただいている感じが強うございます。そうすると、すべてのお仕事がさらに楽しく感じるのであります。
フロイトは人生にとって大切なことは何かとの問いに「愛することと働くこと」と答えたそうですね。私もその考えに大いに賛同しておりました。
しかし、震災後、この言葉はとても重いものとなりました。なぜなら私の周囲にその2つ、すなわち愛する人と仕事の両方を失った人がいたからです。
震災を経て、私には「生きる目的は何か」という問いがさらに大きくのしかかってきました。海沿いの町で、仲間たちとの愉しい時間のあと、仙台に向かう空席の目立つ電車の中で震災直後数ヶ月の想いが胸の内を去来しました。
しかし、お酒も入っていましたから、あまり難しいことは考えられません。
ぼーっとした頭のままでいると、いつのまにか電車は終着駅の仙台に到着していたのでありました。
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