2013年9月5日木曜日

カナブン

ゆうべ
14階のマンションの外廊下
小さな蛍光灯の薄明かりのもと
防水塗装されたコンクリートの上
親指の半分程のからだのカレは仰向けになって
足を動かしていた
ぼくは横目で見て通り過ぎた
急いでいたし
きっとカレは何とかして
ひとりで起き上がるだろう
もし、起き上がれなくても
自然のままがよい
などど瞬時に身勝手な理屈をつけて
けさ
カレはまだそこで仰向けになっていた
かすかに足を動かしながら
いや、カノジョだったかもしれない
「なんだよ、まだここにいたのかい」
気がつくと
僕は右手の人差し指を彼女に近づけていた
すぐにしがみついて来た彼女を
マンションの廊下の手すりに乗せた
彼女は胸からおしりのあたりを
何度も何度も上下させて
それは少し呼吸を苦しがっているようにも見えた
しばらく見つめていると
カノジョは突然
バサっとかたい背中を拡げて
大空めがけて飛び立った
あの苦しそうな仕草は
「ありがとう」だったのだろうか
死を目前に絶望的な一夜を過ごしたはずのカノジョに
飛び立つ力が残っていたことに
驚いた
きっとカノジョはこの夏を
残り時間と闘いながら
ただただ懸命生き抜こうとしていたのだろう
そのメッセージを受け取れずに
通り過ぎた自分を恥じた
勢いよく大空へ飛び立ってくれたけれど
昨夜のうちに手を差し伸べていれば
カノジョの一生はもう少し違っていたかもしれない
良いカレに巡り会うチャンスの夜だったかもしれない
しかし、あのまま仰向けでイノチを終えるよりは
再び空を飛ぶことができてうれしかったはず
そんなふうに
再び身勝手な理由を付けて
自分を正当化していた
ちいさいな
ニンゲン程不真面目な生き物は居ない
カノジョは単純に
「生き抜こう」としていただけだ
そこに理由はない
果たして僕は
カナブンを助けたのか
ああ、また夏が過ぎてゆく

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