2013年10月24日木曜日

こどもたちのこころ

先日の稽古場で、5歳の女の子が私の足に抱きついてきました。

たまに子どもたちのそんな仕草に遭遇することがあります。まったくもってイノセンスというか、無条件に「かわいらしい」と思う瞬間です。

稽古場での僕は、先生のような、トモダチのような、親父のような…何とも不思議な立ち位置。そんな私に、子どもたちはストレートな感情表現をする時があるのです。足に抱きついてきたのは「嬉しい」表現のひとつであることは、間違いありません。その様子を見ていた、女子中高生たちは「クスクスクス」っと笑っておりました

実は、笑っているその子たちも、幼稚園の頃は、同じようなことをしていたわけで、そんな自分のことを思い出して、くすくすっと笑ったのかもしれません。私はダンスや歌を直接指導することはまずないし演技指導することもほとんどありません。けれども稽古場に顔を出す、「気が付くと純さんそこに居た」という状況は重要であると感じています。

四半世紀稽古場で子どもたちを見てきていますけれど、どの子たちも一様にかわいらしい。年を経ると、さらにそのかわいいと思う感情が顕著になってきているように思います。同世代から「孫」という単語が聞こえ始め、翻って自分にそんなかわいらしい孫がいたら、さぞ先に逝くのは心配であろう。と、おぼろげにそう感じ、妄想して居りました。
そんな風に稽古場で子供たちの様子に目を細めていた先週の末、兄貴分のような存在でもある大切な友人のお母さまが、お星さまになってしまわれました。

 


友人のお母さまは、孫のことを短歌に歌い、昨年それは「はな」というタイトルで、絵本として出版されました。

ご葬儀でスライドでも投影された、お母さま自筆による生前遺されたお別れの言葉は、

いよいよの時がまいりました。」という覚悟の言葉で始まり、
いつの日か天のまほろばでお逢いする来世あれば幸いです。
で結ばれていました。

途中には子供や孫たちを気遣う言葉が並び、文章全体からは、85年しっかりと生きられた強さと優しさが伝わってくるようでありました。

いのちはいつか尽きるものですが、自分の場合はきっとお母さまのような見事なクロージングは出来ないだろうなぁ、などと感じていました。
グダグダともがきながら生きてる自分を反省しつつお葬式に参列し、静かに手を合わせてきました。
外ではずっと霧雨が降っておりました。
そうですね、いつか、天のまほろばでお会いできますことを。


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