2020年9月30日水曜日

違い

 同じ青い色でも、夏空の青と秋の初めの空の青は違うように思います。

いえ、絶対に違うと思います。

 

 

この違いをなんとか自分の持てる手段で表現したいと思うことがあります。

いろんな「違い」が気になります。人生はあっという間と言いますから、そのうちではなく今のうちにわかりたい、伝えたいとおもうのです。

思い違いも含めて。 

ああ、もう10月になります。

 


2020年9月28日月曜日

もっともっと

沢山の方々のご協力を頂きつつ先週の土曜日から、合計3演目の7ステージは、客席数が半分とはいえ全部の回でチケット完売。かつ沢山の拍手を頂き無事に上演ができました。おいで頂いたお客さまと関係のみなさまに心からの感謝を申し上げます。
その怒涛の2週間が明けた月曜。午前中はお湯に浸かって身体を整え、午後から次のステージへ向けての準備に取り掛かりました。

今回の公演の映像編集もやってみようと思っています。
意外に忙しくなりそうな2020年第4四半期。

音響のO氏が、昨日のライブのリハーサル写真を送ってくれました。



楽しい舞台をもっともっと創り続けていきたいと確信した2週間でありました。

次回は来月の舞踊劇。こちらもお楽しみに。

2020年9月16日水曜日

リフレッシュタイム

 今朝の河北新報朝刊でも記事になっていた「髙橋 勉 テンペラ画展」。

明るい色調に、ほっとして、癒された。

 

 

高橋勉さんとは同い年ということもあり親近感がある。そして来し方に共通点も多い。

とにかく、ひとつひとつ多くの時間が費やされた作品たちから発せられる優しいオーラは、一級品。

先週初日にうかがったが、短いながら素敵なリフレッシュタイムを頂いた。

 

2020年9月13日日曜日

内作

コロナは、私たちに現在何をもたらしているか。
それは、徹底的な「内作」である。


SCS事務所では、指導員の先生たちが小道具づくりをはじめている。



私も音楽制作や編集の場所をとなりの役員室に移し、地下で行われているオンラインレッスンの状況をモニターしながら、マルチタスクの日々が続いている。

 


出来るだけ動かずに安全を確保しながら、古い機材や道具を含め今あるものを最大限に活用しなければならない。

いよいよ公演活動再開の日が近づいてきた。

私たちの知恵が試される正念場である。


2020年9月12日土曜日

専門外のこと

二人で向かいあって話をすることを「対談」という。それが三人になると「鼎談」となる。

先週は、仏文学者、英文学者、そして舞台作品制作者としての私。この三人が会した料亭でいただいた日本料理は素晴らしかった。タイミングよく運ばれてくる品々に舌鼓を打ちつつ、まさに話題もお料理も旬の味を堪能させていただいた。

鼎談では、それぞれの専門分野に留まらず一番盛り上がったのは、日本の歴史。特に幕末から明治時代あたりのお話。


本当の専門家は、専門以外のことに常に興味を持ち大事にしていることがよくわかった宵であった。

2020年8月31日月曜日

奥州の覇者生誕地

先日、二人の先輩とともに米沢市にある小野川温泉を目指した。

昨年大きな仕事を成し遂げられたお二人はそれぞれ弁護士と大学教授。移動の車中でも話題は縦横無尽に広がる。三人の中で私は一番の若輩であるから学ぶことや感ずることが多々あって、実り多き有難き時間。

小さな旅ではあったが、今回の目的地米沢は私のふるさと。
先輩のお一人は「私は晴れ男」とおっしゃる。その通りよく晴れて良い旅となった。故郷をあちこちご案内しながら、私は18歳までしか居なかったけれど、ふるさとってのはいいもんだと、つくづく思った。
ほろ苦く、そして甘い。

写真は伊達政宗生誕の地あたり。



仙台市博物館の年表によると、政宗は25歳で岩出山(宮城県)に移るまで、この米沢を本拠地としていたことになる。

わずか23歳でおよそ150万石に相当する領地を切り開いて奥州の覇者となった政宗。TVドラマなどで見られた政宗が戦う勇ましい姿は、実のところここ米沢時代の話なのだ。仙台市民歴40年の私は、先輩方をご案内しつつ約400年前に繰り広げられた歴史絵巻に想いを馳せたのであった。もちろん、このあとに目的地の湯船を堪能したのは言うまでもない(笑)

2020年8月24日月曜日

擬態

コロナの影響で稽古場はもちろん、事務所も換気をしながらの業務である。
幸いこのオフィスビルは窓が開く。そこで常に窓を開け外気を取り入れながらエアコンを入れている。
当然のことながら、陽が落ちると、虫さんたちが明けた窓から明るい事務所へお入りになってくる。 たいていはあまり気にもならない小さな虫たちだ。
しかし、昨夜はちょっと違った。ちょっと大きい。「蜂!」と誰かが叫んだ。

窓を開けているからすぐに出ていくだろうとしばらく放っておいたが、事務所の中をブンブン飛び回るのは、あまり気分の良いものではない。追い払おうとしたところ見失ってしまった。多分…ホワイトボードのあたりだっかな?と恐る恐るボードをトントンしてみても反応はなし。

やっぱり、違ったか。ボードから目を離そうとした瞬間、

「いた!」

なんと、9か月ぶりにSCSが公演再開しようとしている作品のチラシの端。奇しくも、このミュージカル作品は虫の世界のお話。蜂も出てくるのでそのイラストのそばにじっとしていたのだった(笑)






居合わせた事務所メンバーは大笑い。「これがおやくめ?」

その後蜂らしき君には、私の誘導で無事お外へ帰っていただいたが、実のところ蜂らしき君の正体がどうも気になったのでネットで1時間ぐらいかけて調べてみた。これは蜂ではなくて「ハナアブ」の仲間らしい。人を刺したりはしないやつ。むしろ人や植物たちの役に立っているやつなのである。

それにしても、蜂と間違えそうなあの黄色と黒のストライプは見事。なんとそれは擬態なのだそうだ。

我々はすっかり騙されてしまった。
かつ、蜂のイラストのそばにとまって、身を隠すとはwww忍者か!

昆虫たちは天才である。
そして、自然は何にも勝る偉大な先生だ。

2020年8月18日火曜日

夏が逝く

暑い日も夕刻には少しだけやさしい顔をみせてくれます。



夜風には少し秋が混じり始めました。
夏が逝きます。

仙台の子どもたちの短い夏休みも終わりです。
そろそろゆっくりしっかり安全に、

舞台づくりを再開しよう。


2020年8月15日土曜日

Nobody wins

今年で75年。
終戦記念日と聞くと、思い出すことがある。


若くして母を亡くした祖母には、年の離れた弟があった。
まだ中学生だった祖母は、米のとぎ汁をミルク代わりに弟を育てた。
その弟は「特攻隊」に志願し、1945年の5月、沖縄の海に散った。
祖母が、ごくまれに僕にしてくれた話。
今思えば、孫にその話をしながら不条理の塊と対峙していたのであろう。
諦めと怒りを内に秘めたような祖母の悲しみの表情を忘れることができない。

当時校長をしていた祖父は、空襲警報が鳴ると生徒と職員を防空壕などの所定の場所へ避難させたのち、一人校舎にとどまり「奉安殿」を身体を張って守ったそうである。
海軍兵学校へ行った叔父からそんな戦時下の断片的な話を聞いた。しかし、祖父の口からは戦争の話を聞いたことがなかった。

戦後50年を過ぎた頃、私はサンフランシスコ近郊で、自分のCD制作のためレコーディングを行った。
その時、1曲づつのイメージを固めるために、プロデューサーのアメリカ人、スコット・マシューズと多くの時間を共にし、討論した。
ある時、お互いにオフということでプールサイドでくつろぎなら、戦争の話になった。直接曲作りに関係ないけれど、大切なことだと思った。半日以上話し続けたと思う。

その時僕たちが共有した言葉。

Nobody wins.




2020年8月10日月曜日

山の日の海

 「山の日」というのは、どうもまだピンときていないのです。2016年からだそうですから、それもそのはず。山の日以外にも、みどりの日、昭和の日、12月になった天皇誕生日。私が子どもの頃には無かった祝日が増えています。

一方で今日は、祝日には家々に日の丸が掲げられた光景は、なぜ見られなくなったのだろう。祝日を増やし続けるほど日本は豊かになってきているのだろうか… 

などと考えながら、山の日に菖蒲田浜の何気ない風景を見ていたのでありました。



快晴とまではいかなくても夏の空は、良いものです。

大きな解放感と、どこかで秋へ向かう準備がなされている少しの哀愁と。