2018年2月22日木曜日

222

2月22日は、にゃんにゃんにゃんで猫の日なんだそうです。

そして、22日はSCS創立発起人梶賀センセのお母さまの3度目の月命日。センセに負けず劣らず猫好きだったのお母さまの墓前に、センセをお連れしました(=^・^=)
空気はとても冷えていて、地面には霜柱。お花を挿すポット部分が水を差すとすぐに凍り始めてちょっと苦労したけれど、花を手向けて見上げれば、果てしなく広がる青空の美しい朝でした。


さて、その後出社すると、近頃近所で有名な、SCSミュージカル研究所お稽古場前のオリンピック雪だるま。


こちらは2が3つじゃなくて、
金メダルが3個になっておりました。

冬季オリンピックにおけるニッポンの活躍。
うれしいですね。


2018年2月21日水曜日

雑談

たまに兄さんと雑談しながらごはんをたべる。


いつものことながら、話題は縦横無尽、ノンジャンル。
しかし、先日はアレクサンダー大王(アレクサンドロス3世)についての話題が熱かった。
もともと昔世界史の教科書でちょっと読んだ程度の知識しか持ち合わせない私には興味深い話題の連発であった。アレクサンダー大王の家庭教師がアリストテレスだったということは知らなかった。そして、当時世界最強であったマケドニア軍とその移動規模のことや、アレクサンダー大王による戦場でのフォーメーションや戦略についてなど。

兄さんとの話は時々ひょいと飛ぶことが多い。2014年の夏に兄さんと僕が英国のコーンウォールにある小さな城を借りようなどという突拍子も無いことを決め、そこで子どもたちと過ごしたことも、どうやらその伏線としてアレクサンダー大王の ことを当時の兄さんが少し研究していた影響によるものだったことが、この日の雑談でわかった。

食事をしたお店を出ると、この季節らしい寒風が我が浅学の身に染みてくるようだった。しかし実はそれが心地よい。雑談は大事である。
「知らなかった」ことがわかることは心地よいものなのである。


2018年2月20日火曜日

『月日の残像』

山田太一さんの著書『月日の残像』を読んだ。最近山田太一さんが父と同じ年だということを知り興味が湧いたからだ。かつて山田太一さん脚本のドラマ「ふぞろいの林檎たち」には夢中になった。主人公の中井貴一さんが私と同じ年であるから、ちょっと自分なりのこじつけも生まれたせいもある。

さて、この本の中で、山田さんが「この人は、それをいっちゃあおしまいよ、というようなことをどしどしという」という表現で紹介している方があった。その人の名はフェルナンド・ペソア。
早速『不穏の書、断章』(澤田直訳、平凡社刊)を買ってみた。

なるほど。
 「芸術において重要なことは表現すること。表現された物自体はつまらぬものだ。」(断章22)
「あらゆるラヴレターは滑稽だ。滑稽でなければ、 それはラヴレターではない。」(断章90)
…確かに。

引用をはじめたらきりがない。
どのページからでも読み始められるような気楽さも手伝って、このところ机の上に置きっぱなしである。

読み進めるとこんな記述も。
「私は貪欲で熱烈な読書家であるにも関わらず、自分が読んだ本のどれひとつとして想い出すことができない。私の読書は、自分の考えや夢の反射、というか、夢を惹き起こすものでしかなかったからだ。」(断章82)

はっとした。先日、友人と雄勝産と女川産の牡蠣を喰いながら、読書の話題となり、その時友人にとっての読書は「現実逃避かもしれない」と言っていたけれど、私のほうは山田太一さんのことをしゃべろうとして、この本のタイトルすら思い出すのに苦労した。なんと、山田さんの本から導かれたペソアの本に、上記のそれらしき記述が。


読書に導かれての読書。
こんなこともきっと私にとっての『月日の残像』となるのであろう。
亦楽しからずや。

2018年2月19日月曜日

伝国座のお稽古場にて

先週の金曜日は翌日の吹雪の前の静けさだったのでしょうか。ミュージカル劇団「伝国座(でんこくざ)」の指導のために仙台(宮城県)から米沢(山形県)までの道のりは全く雪の影響もなくスムーズな移動でありました。(翌日の降り方はこのひとつ前のブログ記事のとおりですが)そんな金曜の夜。米沢のお稽古場では、3月に彼らが参加するイベントに向けたお稽古、並びに年度末の成果発表会にかかわるお稽古が進行しておりました。

台本や音楽はそれぞれ私どもSCSミュージカル研究所から提供しています。私たちはその稽古の進行状況を拝見する役割です。さすがは昨年ミュージカル『梵天丸』を成功させた伝国座の皆さん、その真剣な取り組みで、新人さんや子供たちのダンスや演技レベルが向上していることに感心しました。

しかし、プロの目は厳しい。梶賀先生はじめ指導者からは各場面や各人に対しての駄目だしも。「駄目だし」というのは、平たく言えばアドバイスのことなのですが、舞台人には比較的浸透している言葉のようです。梶賀先生曰く「その昔(1970年代初頭の劇団四季稽古場)私が『駄目だし』、『駄目直し』なんて言葉を役者たちに使っていたら、いつの間にかみんなその言葉を真似するようになったわ」とのこと。 ひょっとすると駄目だしという言葉の発祥は梶賀センセかもしれませんね。


その「駄目」という言葉。もともとは、囲碁の世界で使われていたようですね。近頃は囲碁やらオリンピックやら勝負事のニューズが世間をにぎわしています。舞台づくりの世界でも、ちょっと勝負の世界の香りがする言葉が使われているということでしょうか。

そんな厳しい時間を経てきた今年度の伝国座稽古場を想起させる 
「伝国座平成29年度成果発表会」が
3月20日(火)の夜に伝国の杜ホール(米沢市)
で開催されます。
伝国座のレパートリーから構成されるミニミュージカルショー。

入場無料、どなたでもご覧になれます。
近くなりましたら、またこのブログやSNSなどでお知らせいたしますね。
お近くにお住いのみなさん、ぜひ彼らの素敵なミュージカルづくりの活動をご覧ください。

2018年2月17日土曜日

高校時代の恩師のお一人、五十嵐京子先生の叙勲をお祝いする会に出席するために故郷の米沢市へ。昨日の伝国座指導に引き続き、二日連続の米沢通いでした。
めでたいお祝いの時間が終わり外へ出ると昨日とはうってかわって米沢らしいこの雪の降り方。
雪と闘う日々が続く米沢在住の皆さんには、やっかいな雪。特にこんな降り方をするとあっという間に積雪は半日で数十センチとなります。


それにしても、仙台に居ては殆ど体験することがないこの降り方。
雪が、ここに住む方々にとって決して歓迎すべきものではないことは、元ここの住人としては体験的にわかります。

しかし、私にとって、米沢の雪は18歳までの記憶を瞬時に呼び起こす重要なアイテム。
雪に触れるだけで、ただただ嬉しくなってしまう瞬間でもあるのでした。

2018年2月14日水曜日

KIZUNA

 「KIZUNA」という曲は、もともと宮城県七ヶ浜町のミュージカルグループ「NaNa5931」(なな・ごーきゅーさんいち)によって2008年に上演されたミュージカル『KIZUNA』のタイトル曲でした。

創作ミュージカルのタイトル曲を作詞作曲することは過去にも何度か(『MOTHER』や『フレンズアゲイン』など)あって、「KIZUNA」もそのうちの一つでした。
ミュージカル作品『KIZUNA』は、七ヶ浜町と塩釜市の間にある馬放島(まはなしじま)に棲むタヌキのお話を中心に家族愛を描いたミュージカルとして梶賀千鶴子さんによって書かれ、テーマ曲をヒロセが担当。2008年の初演時にその歌詞は1番しかありませんでした。それはこのブログを書き始める前のこと、もちろん東日本大震災前のことです。歌詞の2番をつけ足したのは2010年、JUN_harvestのCDに収めるときのことでした。
2011年の震災以降、絆という言葉は、世の中で多用され、個人的にはこの曲をつくった頃とは意味合いが少し変わった気がしています。

しかし、あの震災で町の三分の一にあたる面積が津波被害を受けた宮城県七ヶ浜町の子どもたちは、震災のあとは特に大切にこの歌を歌い継いでくれていました。
そうして、思いがけずこの曲は、先日の建国記念日、即ち震災で亡くなった方々の月命日でもあるその日に、仙台フィルハーモニー管弦楽団コンサートのアンコールで演奏されました。
震災とは無関係につくられた曲ですが、当日客席で目がしらを押さえる方も何人かいらっしゃって、私も胸が熱くなりました。
歌というものは、うまれたあとに、ひとりで歩きはじめ、時代とともにたくさんの方々の手によって育っていくものなのかもしれません。

歌い継いでくださっている
七ヶ浜の子どもたちへ感謝いたします
仙台フィルハーモニー管弦楽団の
美しい響きに感謝いたします
あの日突然、被災地となり、被災者となった
私たちの祈りは、いまなお続いています

仙台フィルハーモニー管弦楽団さんが公式Twitterで、当日の模様を記事にされていたので、下記に引用させていただきます。
(以下Twitterからの引用)

2018年2月13日火曜日

風呂上がりの一本

最近、不肖ヒロセ純、日帰り温泉にはまっているらしきことは、このブログやFBをご覧の方々の中には気づいていらっしゃる方があるかもしれません。

風呂上りはたいていコーヒー牛乳か牛乳を、腰に手を当ててちびちび飲むのが好きなのですが、実のところラムネやサイダーにも目がありません。


本日は、松島にて初めてお目にかかった「松島サイダー」。
宮城県は亘理産のいちごを使っているのだそうです。
大変美味でありました。
外はまだまだ冷え込んでいますが、いちご狩りの季節にちょっぴり想いを馳せつつ、
日帰り温泉「芭蕉の湯」のロビーにて、風呂上りにしっかりと堪能させていただきました。


2018年2月12日月曜日

スノーボーイ

朝から本気で降っていた雪の為、交通機関にも一部遅れが出ておりました。
よって本日のお稽古は、通ってくるみなさんの安全確保のために取りやめに。

一方で、我が事務所の特殊工作部隊が動き始め、お稽古場前の雪片づけかと思いきや、ご覧の通り。
今年も登場しましたスノーボーイ。
どうやらオリンピックバージョンのようですね。


通りを行き交う皆さんが、立ち止まって記念撮影される姿もちらほら見受けられました。
お稽古がなくてちょっぴり寂しい、けれど雪だるまが出来てちょっぴり楽しい振替休日でありました。


2018年2月9日金曜日

有名な〇〇

じっとカメラ目線でポーズをとってくださっています。
近づいても逃げ出す気配がありません。


ここは角五郎丁。
今日は、学生時代に過ごした町を散歩しました。
もう35年ぐらい前から馴染の喫茶店「こんちぇると」のマスターに、「さっきこのすぐ近くでしっかりとカメラ目線をしてくれるネコと出会ったんですが」と、この写真をお見せしたところ、どうやらこの界隈じゃ有名なネコさんだとのこと。
道理でスターらしい堂々とした品格がございました。
思いがけず、有名人、いや有名ニャンにお会いできて幸せでした(=^・^=)

「こんちぇると」では、コーヒーと大好物のナポリタンを頂き、満足。


広瀬川の堤防を歩くと、若いマラソン人とひっきりなしにすれ違います。
対岸には宮城県美術館。


当時私がお世話になっていた「仙台興譲館寮」からここまでは、寮で飼っていた柴犬「ロロちゃん」とよく散歩した道です。
私がはじめてこの辺りを散歩したころは、川向こうにはまだ青葉山トンネルもありませんでしたし遠くにビルなども見えず。

しかし変わらない川の流れとせせらぎの音は、青春の日々とかすかに重なり、しばし現実から浮遊するような感覚を味わいました。

また

2018年2月7日水曜日

朝の散歩

時々、徒歩で通勤することがあります。
今日の仙台は快晴で、朝のひかりがメタセコイヤの並木の上の方に当たっていて、鮮やかでありました。


何気ない風景にも、感謝したくなります。
きれいだと感じるこころを大事にしたいと思ったりします。
歩きながら考えるということには、様々な効用があるようです。

ふと、携帯電話が鳴りました。
「純ちゃん、今見かけたよ。」と兄さまから。
スタスタ歩く姿を車の中から見つけたのだとか。
お互いに妙なところで生存確認(笑)

一方、昨夜は、学生時代に組んでいたバンドメンバーのうち3名(ドラムス、ベース、ボーカル)が集まっての一献。
30数年ぶりの顔合わせでありました。
途中からの話題は、1983年の夏にバイクと車で秋田、青森、北海道を旅したルート。3人の記憶をたどり断片的にいろいろ思い起こしたのですが、どれもこれもあいまいだったことに、皆で苦笑。
北海道では、友人の家にお世話になったり、キャンプ地をめぐる行程。野沢菜の漬物だけで飯盒飯を食べていたような貧乏旅行でしたが、ネットもスマホもデジカメも、まして、こんな風にブログがあったわけでもなく。しかし、証拠が少ないだけに、皆で思い出すことの楽しさがありました。

あっという間に時間はすぎて、中〆。

「いつか、あの夏の旅を、もう一度検証しよう!」
などと再び夢を紡いで再開を期したのでありました。