2020年2月20日木曜日

歌唱レッスン

ミュージカルの舞台は総合芸術と言ってよいほど、多種多様な分野のアーティストたちによって支えられているものです。そして、出演する俳優たちは、長い時間をかけて自己研鑽を重ね、多くの「専門家」に歌やダンス、演技の指導をいただいて、各人の表現力が醸成されていきます。

今週は片桐雅子さんをお稽古場にお迎えしての「SCSミュージカル研究所特別ボイストレーニング週間」! 。


このプログラムは年に4回、計12日間実施しています。
片桐さんは、女優さんであることにとどまらず、素晴らしい歌い手さんでもあります。東京藝術大学をご卒業後もそのクラシック音楽に下支えされた舞台作品におけることばの解釈と歌の表現力には圧倒的なものがあります。 数多くの舞台で主役を務められるなど、いわば実践的な指導をしていただける数少ない先生のおひとりです。
おかげさまで、レッスンの回を重ねるごとに、研究生たちの表現力にはっきりと変化が表れています。

今回も個別指導も含め3日間みっちりのプログラムで声楽レッスンを行って頂きました。 パワフルでわかりやすいご指導で、お稽古場には研究生の元気な声が響いていました。


2020年2月18日火曜日

七輪を囲んで

今年大学を卒業するSCSミュージカル研究所の研究生数名と、とあるホルモン焼き屋さんに出かけて、七輪を囲みました。


中には「わぁ、七輪を間近で見るのは初めて!」という声も。
もうもうと立ち込める煙にも負けず、「炭火で焼くと、ほんとにおいしいですねぇ」何度もおいしい、おいしいを連発しつつ、若者たちはお肉やホルモンを次々と焼いては食べ、焼いては食べておりました。
一緒に同じ火を囲んで、彼ら同士で交わす会話や単語に時折軽い世代間ギャップを感じつつ、自分が20代前半だったころの周囲の環境や考え方や感性との差分を測るのには、とても有益なひとときとなりました。つい数年前まで子どもだと思っていた彼らがしっかりと成長し、次代を担う世代となっている彼らの感性に、とても明るく頼もしいものを感じていました。

一方、炭火を眺めながら、ふと、自宅の軒先に七輪を出してもらって、うちわで扇ぎながら魚やイカを焼いた私の幼い記憶がよみがえりました。本物の火で、自分で焼いて食べる。当時それは、近所のどこにでもあった、ごく普通の小さな体験だったかもしれないけれど、今では(ここまで生きてきてようやく味わいが少しわかってきた)人生の調味料のひとつになっているのだと思えるのです。
さらに思い出したのは、東日本大震災後の風景。電気もガスも回復していない被災地で、七輪や火鉢、井戸など昭和の中頃まではどの家にもあったようなものたちが、大変頼もしい存在だったということです。かの震災は、ここ数十年で私たちが得たものと失ったものを考えるきっかけともなりました。

とにもかくにも、昨夜は私もよく食べました。
たくさんの人に支えられてきている現在の健康状態に感謝するとともに、次の格言を思い出しました。近頃この格言、医学界でも再注目されているそうな。

「すべての病気は腸に始まる」
(ヒポクラテス)


2020年2月16日日曜日

ポチくん

なかなか思うようにならないことってあるものです。
というより、世の中は思うようにならないことがほとんどです。「思うように」などと思うことが間違っているのでしょう。
無為自然とか、自然体とか。
そんなことばが生まれるひとつの所以かもしれません。

先日鳴子で、おじさん3人で湯めぐりしたとき(なんと午前中だけで4か所!)とある日帰り温泉施設の入り口で出会った、看板犬、ポチ君。
「お目にかかった記念にぜひ2ショットを1枚」
とお願いしたところ、ツレないそぶり。


こうなったら待つしかありません。
と思ったとき、めんどくさそうにチラリと反応してくれました。


自然体、だいじですね。
私にとっては、初めての出会いでも、ポチ君には通りすがりのお客のひとり。
しかしながら、このあと、しっかり見つめてくれたり、撫でさせてくれたりと、しばし交流いたしました。
お湯も最高でしたが、ポチくんのその優しい対応に感謝であります。
その場を離れてから、勝手に私はオスだと思っていたけれど、ポチ君、ほんとうはメスだったり…などという想いがふとよぎりました。今のご時世、ま、どっちでもよいか(笑)

自然のままにふるまう、人間の身近にいる存在、たとえば犬とか猫とか。
大自然はもとより、彼らに学ぶことも、実に多いと感じるこの頃です。

自然は百学の師であります。

2020年2月12日水曜日

忘れないということ

東日本大震災から8年11か月目の昨日、南三陸町歌津地区にお邪魔してきました。
私にとっては1994年ごろから2006年までの12年にわたり定期的に通っていた町です。
当時は合併前でまだ「歌津町」。

仙台を経って三陸自動車道を1時間ちょっと。その歌津の手前に新しくできた道の駅「三滝堂」に立ち寄ると、震災の津波で損壊した品々の一部が展示されていました。


そしてさらに車を進めて歌津に到着すると、11日の休日というのに意外に静かな様子。
海のほうに目を向ければ、まだ重機やトラックが見えて、その作業音が響いてきます。


仮設商店街で食事を済ませたあと、昔お世話になった方のお宅にもお邪魔して、ご焼香をしてきました。そこで皆さんとしばし懇談。震災前の話題、震災直後の話題、歌津に住む皆さんと共有してきた話題は尽きません。もちろん未来につなぐ、つなげたい話題も。

来月の11日はあれから丸9年経ちます。
「忘れない」ということの大事さを痛感した小さな旅でした。

2020年2月9日日曜日

新しい季節の始まり

昨日は、東北学院大学下館ゼミの学生さんたちの「卒業公演」と「口頭試問」に立ち会いました。このゼミは20年ほど続いており、不肖ヒロセ純、ゼミの初期から時々成果を拝見する機会をいただいておりましたが、8年ほど前から別の授業で非常勤講師としてお世話になり始めたのを機に、芸術顧問という重責を仰せつかり時折アドバイザーとして、卒業生たちのこの日までの進捗状況を見守ってきました。

少人数ながら中身の濃い、実のある公演となりました。
この2年間努力を続けたゼミ生諸君に心の底から大きな拍手を送り続けました。



文字通りゼミ生の皆さんの「卒業」がかかっている重要な日である一方、この日はSCS出身M君の結婚披露宴や、七ヶ浜町で仙台フィルハーモニー管弦楽団と、NaNa5931の共演の日と重なってしまいました。すべておめでたいこと、ありがたいことですから、参加、立ち合いしたかったのですが、身体は一つしかありません。
結婚披露宴のほうは梶賀主宰に、仙フィルとの共演は優秀な指導員たちにお任せするしかありませんでした。M君、ほんとうにおめでとう!一緒にミュージカルをやっていた仲間たちが夕方事務所に立ち寄ってくれて、素晴らしい結婚式のようすを伺いましたよ。
そしてNaNa5931ならびに七ヶ浜国際村のみなさん、ツイッターなどでも多くの高評をいただいているようです。おつかれさまでした!
もしも私が分身の術やどこでもドアを使うことができたら全部参加できるのになぁ。

さて、昨日で今年度の大学関係のお仕事はすべて終了。


下校する坂道で、うっすら夕焼けを望みながら、チラリと雪の舞い降りる寒さにブルっと身震いしつつ、周辺の草木に目を移せば、すっかり枯れたように見える中にも、新しい季節のはじまりがありました。



2020年2月4日火曜日

郡山にて

郡山には、震災後何度か足を運びました。
ほとんどが復興支援がらみの舞台や音楽のサポートでした。
その場所に定期的に通わせていただくことになるとは当時夢見だにせず…。

ところが、ご縁があってその郡山にある郡山女子大学で授業を受け持つこととなり、今年度から毎週通い始めました。
「チャイルド・ミュージック・コース」という新設の学科です。
新しいコースのため、前例やひな形はありません。
一昨年から少しづつ担当教授の皆様と打ち合わせを進めながら準備して今年度開講しました。
初年度私の担当する授業は終わりましたが、一昨日は、幼児教育学科の2年生の皆さんが卒業間近に開催する大きなイベントを見学しにいきました。


この大学では大きなホールが敷地内にあります。
建築家の故丹下健三氏監修によるオーケストラ・ピットや花道をもつ本格的舞台。
我々から見たらとてもうらやましい環境です。

そして、今回の「劇と遊びのつどい」というこのイベントはすべて学生たちで、企画運営したのだそうです。照明、音響、舞台装置、すべてにおいて手作り感のある暖かな舞台でした。


おそらく2年生の皆さんが一丸となって取り組んだものでしょう。
ロビーでも子そもたちのための様々な楽しい遊びの企画が繰り広げられて感動的な場面もいくつかありました。

帰りの新幹線、郡山駅ホーム。


少し待ち時間あったのですが、ホームにいても寒くありません。
日中外に出たときは、ちょっぴり空っ風が少し冷たく感じたけれども、
総じて暖冬なんですね、やはり。

早く春が来てしまうと、いろいろと早めに準備しなきゃいけない感じがしてちょっと焦ります(笑)