2013年2月25日月曜日

仙台坂

ちょっとした勘違いで、出席する会合の場所に1時間ほど早く到着してしまいました。
さて、どうしようかと、周囲をうろちょろしていると、
こんなバス停に出くわしました。


ここは、麻布十番と南麻布の境目。
えっ?仙台?


仙台坂?
確かにゆるかかな坂が続いています。
道路沿いに上ってみることにしました。
のぼりつめたとこに写真のような名称を記した木製の標識が。
なるほど、ふむふむ…ついつい取材モードに入ってしまいます(笑)
ちょっぴり昔人になった気分。
手元のiPadで、検索してみると、七十七ビジネス振興財団さんのホームページの中に「江戸・東京の中の仙台」という記事をみつけました(こちら)。読んでみると、なかなか興味深いものがあります。
仙台坂って、都内にもうひとつあるんですね。

ちょうど、今年は慶長遣欧使節出帆400年の年。
SCSミュージカル研究所でもこの年にちなんだミュージカルの制作に入ります。
伊達家の下屋敷があったあたりを散歩しながら、偶然とはいえ、またまた伊達家についてのお勉強の日となったのでありました。


昨日の東京はとても良い天気。
風はかなり冷たかったけれど。

中身の濃い会合を終えて、一路東京駅へ。
丸の内ハウスからは、美しい夕焼け。


えっ!よく観ると遠くに「富士山」が。
ビルの谷間からこちらを見ています。(写真ではかなり小さいですが)
昔は江戸からいつもこんな風に富士山が見えていたのでしょうね。

この「夕焼けビル」(僕が勝手につけた名前)内では、発車の時間まで友人と会食。
多分、20年ぶりくらいで「タイ料理専門店」に入りました。日本でタイ料理専門店に入ったのは初めてだったかも。東京じゃこういうお店いっぱいあるんだろうけど、仙台にもタイ料理専門店あるんかなぁ?
出てくる料理はすべて、なかなかのお味。
「辛いね~」などと言いながら、お互いの専門分野にとどまらず、文学や哲学、禅、歴史…、様々な話の飛び交う楽しい時間を過ごしました。そのうえに友人にご馳走にまでなってしまいました。申し訳ない…。
食後は再会を約束し友人と別れ、新幹線の改札をくぐりました。

「今年一番の寒波」の影響で、山形や秋田の新幹線は運休、東北新幹線にも遅れが出ましたが、なんとか無事仙台に到着。
東京とはまた違って 、春が少し後ずさりしたような寒さです。


到着後立ち寄った昨夜の事務所前風景の写真。
通りに人影はほとんどなく、キンキンに冷えた空気と、カチンカチンの白い道路。

静かな街なか。
クルマを車庫から出して、
荷物を積んで…
帰ったら風呂を沸かしてあったまろう…
震災直後を思うと同じ寒い夜でも夢のような生活です。

こうして
2月最後の日曜日。
僕の小さな旅は
キンキンの夜とともに
帳が下りたのでありました。


2013年2月22日金曜日

冬の晴れた日、七ヶ浜にて。

先週末、東京からみえた大切な友人を案内して、久しぶりに七ヶ浜町を巡ってみました。
少し風が強かったけれど、相変わらず海は綺麗で、多聞山から眺める塩釜、松島方面の景色は穏やかに見えました。


短い時間でのご案内でしたが、最後に七ヶ浜国際村の屋上から眺めた景色は、まだまだ復興への時間がかかりそうなことを実感させるもの。



震災後のお互いの活動などについて友人と話が弾むなか、それぞれ仕事の分野は違っても、活動の根底に流れるものに共通項を幾つか見出すことが出来ました。

空の蒼さが美しく、そして哀しくもある冬の午後でした。


2013年2月20日水曜日

くのいちマクベス

おんなだけで演じられる「マクベス」(シェイクスピア作)をはじめて観た。
昨日の午後のことである。
場所は仙台市内にある10box(テンボックス)。


それは、東北学院大学教養学部言語文化学科の下館ゼミ、卒業公演。
実は、このゼミには、下館和巳(しもだてかずみ)教授の誘いで1年半前から私も関わっていた。
最初は教授の「温泉に行こう!」という誘いからはじまった下館ゼミとの関わり。昨日のパンフレットではいつの間にか小生は「芸術顧問」ということになっていた。(えっ?浅学の私めが…ジョークかと思ったが、20年以上兄貴と慕っている教授の決めたことには逆らえず)
そんな芸術顧問(やっぱ恥ずかしい!)は、この日の上演に向けて、2年間がんばってきたゼミ生たちの節目節目に、頻繁にではないが、彼女たちへのアドバイスやエールを送ってきた。
何しろ演劇経験の無い学生がシェイクスピア劇を翻訳、脚本作成からはじめて、上演までやり遂げるのであるから、大変な努力が要求されるゼミである。

しかし、彼女たちはやってのけた。
自分たちで考え抜いたオリジナリティも溶け込ませた見事な内容であったと思う。


終演後、お客様の前で教授のお礼の言葉があったとき、彼女たちの目にはうっすらと美しいものが光っていた。さわやかな千穐楽である。

普通なら、これで「おつかれさま、おめでとー!」 で終了するのであるが、下館教授のすごさはさらにここから。

自宅にゼミ生全員を招待!


特別に調達したマグロを自ら握り!


3日前から仕込んだ特製スープでラーメンを振舞う。
これがまた超絶うまい!


それにしても、今年のゼミ卒業生は全員女性。さらに、教授のお子様3人も全員女の子。にぎやかである。すごいパワーである。同席させて頂いた明治大学の宇野毅教授と小生は、そんなくのいちパワーを薄めるためにこの場にお招きに預かったのでは、とちらりと思った。何しろ実はシャイな一面を持つ下館兄貴であるから。


「ラーメン食べ終わった順に味のコメントと、今日の舞台のコメントを各自行うように!」「あ、ラーメンの毒見はうちの娘たちが行います」と、教授の指示が出る。部屋中に美味しい香りと笑いと涙が溢れる。下館教授はこんな風にして、 学生にも、自分の娘たちにも、彼女たちの記憶に残る教育をしているのであろう。
彼が学生や娘たちを本気で叱る場面も見たことがあるが、それがすべて愛情であることがはっきりと証明される時間でも合った。
マグロの握りも、ラーメンも、決してお金で買うことは出来ない。しかも食べれば消えてしまう。
けれども、 彼女たちにとって、昨夜のあったかい味とぬくもりは、一生残るに違いない。

学者としての尊敬は勿論のこと、こうしたことを自然体でやってのける彼に、ひとりの人間としてのとてつもない大きさを見た夜であった。

今頃、天国でハルコ夫人も「カズさんらしいわね」と、微笑んでいるにちがいない。

2013年2月18日月曜日

Moonlight Reflection on the Sea

小雪の舞い散る土曜の昼下がり、塩竈市にある遊ホールにて「海に浮かぶ月」という舞台を拝見しました。
作、演出は劇団IQ150の丹野久美子さん、そして音楽は我らが只やんこと只野展也。
塩竈・夢ミュージカル2013とサブタイトルのある塩竈市の市民ミュージカルです。
満員となった会場。とにかく、満席での観劇は気持ちの良いものですね。


そして、長くコンビを続けている丹野、只野ご両人の創り出す独特の舞台は、見応えがありました。
特に、お米が出てくるシーンはユーモラスで印象的でした。

塩竈も東日本大震災で大きな被害を被った町です。作品の中にもその事が描かれており、被災地において、住民自らがこうした表現活動を続ける事の重要性をあらためて認識した時間。
塩竈・夢ミュージカルの皆さんが、今後もずっと、海に浮かぶ月のように、暗い夜を照らし、輝く存在となって欲しいと願いました。


いつか南三陸で見た、海上に続く月への道。


Moonlight Reflection on the Sea...
あの日僕は、この道を歩いて渡っていけるような錯覚に陥っていました。
夜の海は不思議な魔力を持っています。


2013年2月17日日曜日

濃厚な味わい

昨日今日と、仙台でも随分冷え込みました。
寒い季節に、どうしても食べたくなる一品があります。
それは
「白子」(しらこ)


人によっては、好き嫌いが分かれる代物ですが、この濃厚な味わいは僕の舌を魅了し続けています。
しかも、昨夜は塩竈「すし哲」さん。
超絶うまい、この白子酢、上等な一品でございました。

そして、肝心のミーティング。


正味1時間ちょっとでしたが、もちろんこちらも濃厚な味わいの充実した時間となりました。

2013年2月16日土曜日

雪が降るのは当たり前

昨日は、よねざわ市民ミュージカル「伝国座」のお稽古。
Faith公演がいよいよ来月と迫ってきました。
 
 
稽古終了後、梶賀先生による本日の総評&指導にも熱が入ります。
相変わらず、外は米沢らしい雪が降っていましたが、みんな「普通に」生活をしています。
「雪が降るのは当たり前」
そんな雰囲気で稽古場は「普通に」プログラムが進んで行きます。
同じ東北でも仙台暮らしが長くなった私には、伝国座の皆さんがとても逞しく見えてしまいます。
 

2013年2月15日金曜日

星月夜

手持ちのカメラでは上手く撮影できなかったのが残念。
西に沈み行く夕月。

そしてあっという間に星月夜

(ほんとは、この辺にその写真をインサートしたいところですが)

昨夜は七ヶ浜でのレッスン日。一夜明けた今日は、一変して空は冬模様になり、今夜はあんな星空は望めそうにありませぬ。
津波で町の面積の3分の1が被害を受けた七ヶ浜町では、未だ沿岸部は暗いままです。
ようやく、道路沿いの街灯が点いたものの震災前のような住宅の明かりはありません。

稽古場である七ヶ浜国際村あたりから海の方向を見ると、
手前の明かりが無いせいか、星が美しく見えます。

毎週通っている景色とはいえ、
昨夜のように綺麗な星を見つめていると、
漠としてつかみどころの無いような悲しさに襲われます。
震災後、特に空を見上げる機会が多くなりました。

3.11の夜は、真っ暗な仙台市中心部から昨夜のように綺麗な星たちが見えたことを思い出しました。

一方、昨夜、来月の慰霊祭に向けての打合せをしていたとき、「震災後3ヶ月以上も避難所になっていたことが、言葉は適切でないかもしれないけど、何だかなつかしい」と、ある職員の方の発言がありました。想像を絶する被害で先の見えない当時、無我夢中で避難所の運営に当たりながら、住民の皆さんとの深い連帯感を感じていたとのこと。

なんとなく私にもその感覚がわかります。確かに、震災後は多くの人々と、ひとつの目的のために時間や場所を共有し、連帯してきました。
何だか、昔の学生運動で使われていたような単語(笑)ですが、浅学菲才ゆえ上手い言葉がみつかりません。
しかし、その経験からひとつ言えることは、
心を支えあえる人と一緒にいることが大事だということ。

「支えあえる」というところが重要です。
美しい星空は、宇宙の奥行きと、わが行く末、
そして、天に昇ったいのちたちのことをを考えさせてくれました。

2013年2月14日木曜日

東京にて

昨日は「はやて号」に乗って昔からお世話になっている、とある会社社長のオフィスを訪ねました。
そこで、バッタリ出会ったのが、20年位前からお互いに名前を知っているものの、電話とメールのみの交流しかなかったM氏。
初対面のはずが、全く初対面を感じない不思議な空気感。
舞台のこと、震災のこと、音楽のこと、海外でのこと、それはそれは大いに会話が弾んで予定の訪問時間をオーバーしてしまうほどでした。
 
会話が弾むと言えば、その後の友人たちとの交流。
夕暮れ時、待ち合わせ場所に移動しました。
 
 
西日を浴びた東京駅が美しく、東京のこの時間は何かセンチメンタルな気分を醸し出します。
 
 
友人たちと合流し、神田にある中華料理店で、これまた充実の楽しい時間。
 
僕が「こりゃ、うまい!」と言ったピータンの撮影に熱中する友人(^-^)
 
 
震災後、東京の知人友人たちには、さまざまな形でとってもお世話になっております。
こうした交流を通じて「僕も何らかの方法で恩返しが出来るよう、もっと精進しなくっちゃ」と、楽しい会話の中、意を新たにしたのでありました。
 

2013年2月12日火曜日

えずこホールでの交流

一昨日、宮城県の南部、大河原町にある「えずこホール」に出かけてきました。
AZ9ジュニア・アクターズ」の20回目の公演を観劇するためです。
同劇団は、仙南地域(白石市・角田市・蔵王町・七ヶ宿町・大河原町・村田町・柴田町・川崎町・丸森町の2市7町)に住んでいる小学生から、毎年オーディションを行い、選ばれた約40人からなるグループ。


数年前から、宮城県内の子ども劇団交流事業として、このAZ9ジュニアアクターズの公演には、七ヶ浜国際村の「NaNa5931」のメンバーも観劇させて頂いております。
この日は、宮城県登米市にある登米祝祭劇場(水の里ホール)で活動するこどもミュージカル劇団「ドリームキッズ」のメンバーも観劇に訪れていらっしゃいました。

よく稽古を重ねたことがわかる、充実した内容の舞台でした。
終演後、 AZ9ジュニア・アクターズ、ドリームキッズ、NaNa5931のメンバーで短い時間でしたが「交流会」の時間を設けて頂きました。
(写真撮るのわすれた!)

上記3団体の他に、子どもたちの交流を図っている団体がもうひとつ。「塩竈夢ミュージカル」の皆さんです。彼らの公演は来る16日~17日。こちらもNaNa5931のメンバーは観劇にお邪魔する予定です。

宮城県内4箇所の劇場でそれぞれ演劇やミュージカルづくりにがんばっている子どもたちが、お互いの舞台を観る事は、実はとても大きな刺激となり、ひいては宮城県内の子どもたちの舞台表現のレベルアップに資すると考えています。

実はこの4箇所で指導している先生方、それぞれ活動の分野は違っても横のつながりがあるってことも、この交流事業実現のひとつのポイントかもしれません。
それぞれが切磋琢磨する舞台。
今後の宮城県の創作舞台作品にますます注目です(^^♪

2013年2月11日月曜日

忘れ難く

久しぶりの休日。
たまっていた洗濯物をやっつけて、ふとベランダから空を見上げると、雲が流れていました。
 
 
「この雲のカタチ、二度と見ることはないんだろうなぁ」
次々と姿を変えてゆく雲を見つめながら、消え行くと同時に、生まれている事柄や生まれ来るいのちを想いました。
 
 
さて、今日は11日
かわいい生徒や大切な友人、沢山の知人や子どもたちの月命日
 
来月の11日は、あれから二年目、三回忌です。既に予定が入っていて当日は少し慌ただしくなりそう。
だから、
今日の月命日は外出せずに祈りの日にすることにしました。
 
人間は忘れる動物と言われます。
忘れる事で救われることもありますが、
忘れ難いこと、忘れてはいけない事もあるとおもいます。
 
同じ物が二つとない雲のカタチを心に刻んで、
「忘れちゃいないよ」
と空に向かって言いました。
静かに過ごしても、慌ただしく過ごしても、1日は終わっていきます。
また明日が生まれる準備が始まっています。
 
 
そんなことを想いつつ明日からまた仕事モードに突入!
 

2013年2月8日金曜日

吹雪の中を

仙台を15時半頃に出て、本日は米沢、伝国座の稽古場へ。
 
 
気温はマイナス4度位。
何度か視界不良に見舞われながら無事市内に到着しました。
 
今日のお稽古場は、新しく出来た松川コミュニティセンター。よっていつもとルートが違います。
稽古場にはいる前にコリンズという喫茶店で腹ごしらえ。
 
毎週よねざわラーメンってのも芸がないっすからね^_^;
 
気温が低いので、稽古場前の駐車場ではまさに「雪が舞って」います。
 
 
何だか米沢らしい、いい感じ。
こんなお天気でも雪国に住む伝国座のメンバーは「普通に」稽古場に集まってきます。
 
センターに入ると正面には可愛い雛人形が飾られていました。
 
 
外は吹雪ですが、季節の移ろいを実感する一瞬です。
 
もちろん、伝国座のメンバーは元気元気!
 

公演は来月24日(日)サンパール荒川大ホールにて
気合入ってま〜す!
 

記憶に残るTKG

TKGって、何かご存知ですか?
Tamago Kake Gohanの略だそうです。
3年ぐらい前に知りました。

さて、僕の記憶の中で最高のTKGは、まだ10歳に満たない頃に食べた「たまごかけご飯」
それは、TKGなんて軽い言葉でいえるような代物ではありません。
食べた場所は父の実家。現在の山形県上山市中山地区にあった家です。
立派な茅葺き屋根だったその家の敷地内には、豚舎があったり、蔵があったり…家の中にまで「川」が引き込まれていたこともびっくり。昔はその川で洗濯や洗い物などもやっていたらしい。
あ、思い出してきた。
お風呂を湧かすための薪の匂いや蚊取り線香の匂い、どこからともなく忍び込んでくるわら焼きの匂い、冬場の掘り炬燵の炭の色。やたらと高い寒々とした天井。茶の間の空気になじんでいた猫。そうだ、母屋から離れたところにあるトイレに行くのは恐怖だったなぁ。夜は、いとこに一緒についていってもらったけ…。

農家であった父の実家では、自分のところでつくったお米を「かまど」で炊いていました。
まず、薪を使ってご飯を炊く事に衝撃。
麦を少し混ぜたお米が炊きあがると、おばあちゃんが、大きめの卵をご飯と一緒に持って来てくれます。
庭の方から鶏の声が聞こえていた記憶があります。きっとあれも産みたての新鮮なものだったのでしょう。
それに「たまり醤油」をかけていただきます。お味噌も自家製でしたから、いわゆるほんとうの「たまり醤油」です。おばあちゃんは単に「たまり」と呼んでいました。とにかくすべてがその家でとれた食材による「本物のたまごかけご飯」です。

「ご飯」「たまご」「醤油」
たった3つの材料ですが、それぞれの本物の味、そして、それぞれが食卓に上るまでどれほどの時間と人手を要するのか、それを幼い僕に「体感」させてくれた「おばあちゃんのたまごかけご飯」です。
さんざん周囲の山や川で遊んだ後で、腹が減っていた事もあったのでしょうが、それはそれは、今思い出しても涙が出るほどうまかったのです。最高の味でした。

翻ってTKG。
あの茅葺き屋根の父の実家もおばあちゃんも、今はありません。もう二度とあの本物のたまごかけご飯は食べる事ができません。
もし、あの味に近いクオリティのものを再現しようとしたら(もう、大気や水の環境から言って不可能ですが )、とんでもない高級品になることでしょう。

でも、やっぱTKGは好きなんだよね。
試しに、TKGでググってみてください。
たまごかけご飯に凝ってる人は世の中に沢山居るんですねぇ。

先週、事務所近くの居酒屋で食べたのは、そのバリエーションのひとつであろう
「スタマヨTKG」



鳥の唐揚げ、タマネギ、マヨネーズがトッピングされています。
周囲に「デブになるよ!」と脅かされながらも、ついつい全部食べてしまうのでした(ーー;)


でも皆さん、現在のTKGは、僕にとってフェイクのたまごかけご飯です。
あぁ、今の子どもたちに、あの「本物」を味あわせてあげたいものです。

2013年2月7日木曜日

カッパダ川にまつわるテーマ曲

仙台市の西部にある愛子(あやし)地区。
そこには昔、千代老堀(せんだいおいほり)という、今で言うところの生活防火用水路があったそうな。
明治の頃の絵地図にも記録として名前が残っているその川は、別名「カッパダ川」と呼ばれ、 地元の子どもたちの水遊びのスポットにもなっていたとか。

さて、仙台市青葉区にある広瀬市民センターでは、昨年からその「カッパダ川」をキーワードにさまざまな地域活性化の取り組みが進められています。
昨夜は、その取り組みのひとつ「カッパダ川にまつわるテーマ曲作り」のお手伝いをしましたでのこの企画はCDにするという方向性が与えられており、僕は制作の進捗状況に応じ様々な場面での「役割」を担います。(前回はMIDIデータづくりでした)
昨夜の役割は「録音技師」。


実は小生、公募された曲の選考委員(楽曲部門)の一人でもありました。
魅力的な作品ばかりでしたが、最終的に選出されたのは、地元の小学6年生山﨑君の詩、さらに公募された作曲では、地元の高等専門学校1年の三浦さんの作品が選ばれました。
そのキラキラとした原石とも言うべき曲を、これまた地元の大人たちがカタチにしていきます。
昨夜は、地元の女声合唱団「フリューゲルあおば」の皆さんにご協力を頂き、その「原石」を、まずはいろいろな方々に聴いて頂くための「歌入れ」なのでした。

生まれたばかりのこの歌が、これからどんな道を辿って行くのかと想像すると、何だかわくわくします。

尚、楽曲としては、地元の音楽家、平川敬子先生のご協力を得ながら、
平成25年2月17日(日)広瀬文化センターにて行われる講座「ひろせ学習フェア(10:00〜15:30)のフィナーレで初演される予定です。
お時間のある方は、是非足をお運びになってみてくださ〜い。


2013年2月6日水曜日

がらけー

「うっ、純さん、まだガラケーなの?」
とよく訊かれる事があります。
ガラケーとはガラパゴス携帯の事。
これは、現在使用している携帯電話を手に入れた当時の写真。


2008年3月のことですから、もうかれこれ5年になります。
もちろん現在はかなり年季の入った状態になっています。
たった5年でも生きた化石呼ばわりされてしまいます。

どうやら、質問の主は、僕がコンピュータ業界に居た事や、いつもiPadなんか使っているのを見て、てっきり、ボクはいち早くスマホに手を出しているタイプと思っていたらしいのです。
先入観や見た目で人を判断してはいけません(笑)
意外に一途なのであります。
ボクの携帯はガラケー。電話はこれで充分ですから。
でも、明日スマホにしているかもしれません。
明日の事は誰にもわかりませんから。

ガラケーで思い出しましたが、
実は、死ぬ前に一度でいいから行ってみたいところがあります。
それはガラパゴス諸島。

「海イグアナ」にどうしても会ってみたい。
会って話がしてみたいのです。
いろいろと…。

追記:
「今はどれくらい年季の入った状態?」との問合せがありましたので、現状を特別掲載!


この5年間、さまざまな困難も喜びもともに経験してきた携帯。
なかなかヴィンテージの味わいになっておるでしょ(笑)

2013年2月5日火曜日

みらいを創る子どもたちのために

そう題された小冊子が、事務所に届きました。

昨年の夏、日生劇場で七ヶ浜の子どもたちがミュージカルを上演した様子が、なんと4ページにわたり記事になっています。この冊子、本来は、昨年の公演をサポートしてくださった日本生命様の社内向けレポートですが、 特別に送って頂いたものです。


こどもたちの上演を支えて下さった関係者の皆さまのあったかい言葉がたくさん並んでいます。
掲載された写真をよく見ると、当日満員のお客さまが終演後ロビーいっぱいに。(右下)


そういえば、殆どのお客さまが終演後、出演者に声がけされていました。
私は上演の当事者でしたので、この角度からお客さまの様子をながめることは出来ませんでしたから、あらためて、上演当時を思い出し、感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。

こうして、引き続き「みんな、ずっときみたちをみているよ〜」というメッセージを頂ける事に感動しています。きっと子どもたちにも皆さまのあったかいお気持ちは伝わって、文字通り「みらいを創って」いってくれるものと信じます。

ほんとうにありがとうございます!
小生も頑張り続ける勇気をいただきました!

いまだにキツいぜ

打ち合せでひとりハンドルを握り
七ヶ浜町に向かう途中、
みぞれが降ってきた。
「あぁ、あの日もこんなみぞれが降ってきたっけ」
町内の菖蒲田浜あたりにさしかかった頃、
突然いろんなことを思い出し、頭がグルグル。

クルマを左側に寄せた。

あの娘の家はどの辺だったかな。


ここは向こう側の海が全く見えないほど立派な松林が続いていて…


ここに流れ着いて咲いていた桜はどこにいったんだろ。

前方が滲んで見えなくなり、
しばらくクルマを発進できなかった。

もうすぐ2年になろうとするのに、
まったく、
こんな日は、
いまだにキツいぜ。

打ち合せを済ませ、仙台に戻って仙石線に乗った。
塩釜の駅前で友人と音楽の話で終電まで酒盛り。
地震の話、津波の話は一切しなかった。
友人はありがたい。
少しは自分をこちらに戻せたかな。

さ、歌をつくらねば。

2013年2月3日日曜日

稽古場恒例豆まき(^^♪

2月3日。
節分ですね。
寒い寒いと思っていても、先ほど仙台市内のメインストリート「二番丁通り」の中央分離帯に植えられている「もくれん」がしっかりと蕾をつけていることを確認。
確実に春が近づいていることを感じました。
でも、どうやって植物たちは1年を感じているのだろう。
神秘です。

さて、稽古場ではレッスンの合間に恒例の豆まきです。
鬼に扮するのは例によってF主任。



今年の豆は、東京の劇場関係者から送って頂いた千葉県産の高級品。
年の数だけ、食べていいからね~
ということで、あっという間に食べ終わる子どもたちを横目に、オトナは高級品をそれなりにいっぱい食べるのでありました。

こどもたちの空気がいつもと違った刺激でほぐれた後は、またレッスン開始です。
小さなイベントですが、子どもにとってはず~っと覚えている一瞬かもしれませんね。

一方事務所では、稽古場で残ったお豆を、其々のスタッフへめがけて投げつける梶賀センセの姿が。
「鬼は~外~!」
突然の行動に、スタッフは
鬼が豆まいちゃダメっすよ~」と。

爆笑の節分。

よねざわ「伝国座」東京公演のチラシできました!なんとプレゼントが当たる特別公演!

よねざわ市民ミュージカル
「Faith」(フェイス)
~未来をつむぐ実験室~
東京公演のチラシができました!


 2013年3月24日(日)
14時開演(開場は1時間前)
会場:サンパール荒川大ホール


今度の公演はなんと
ご来場の皆様に抽選で
小野川温泉河鹿荘提供のペア宿泊券
そして
米沢牛お米(つや姫)などが当たります!

すごいですね~
今回、初めて地方のミュージカルを共催してくださる荒川区の皆さまの意気込みももさることながら、
よねざわ、太っ腹です(^^♪ 
個人的にもと~っても興味ある抽選ですが、関係者なので遠慮しなくては(汗)
まずは、公演成功に向けて、スタッフと共に準備に集中!

荒川区の皆さま、東京の皆さま、是非この機会に
米沢ミュージカル
そして、米沢の味をご堪能くださいませ。

また当日ロビーでは米沢の
Apple
Beaf
Carp
の物産展も開催!

Faith東京公演のお問合せは、
荒川区区民生活部文化交流推進課
03-3802-3111(内線2521)
または、
米沢市教育委員会文化課
0238-22-5111

2013年2月2日土曜日

ラッセンさん、再びありがとう。

クリスチャン・リース・ラッセンさん。
イルカと美しい海の絵で、有名なアーティストです。
彼が七ヶ浜にやってきてくれたのは昨年10月の事。
その様子はこちらのブログ記事でも紹介いたしました。
またNHKのBS1で放送されましたので、ご覧頂いた方もいらっしゃるかと思います。

さて、その時に一緒にいらっしゃった、東京のアールビバン株式会社の方から、ある冊子を送って頂きました。
同社友の会会員向けの雑誌という事で、一般には販売されていないということですが、数ページにわたって、ラッセンさんと七ヶ浜との交流の様子が特集されています。
大変美しい冊子です。



番組に出演した七ヶ浜の子どもたちの分も送って頂いたので、稽古場で配布しました。
子どもたちは大喜び。
こうして「みんなを忘れてないよ、ちゃんと見ているよ」って、メッセージをいろいろな形で頂くことができるということは、有り難く、「心の復興」への大きな意味を持っていると感じています。


2013年2月1日金曜日

支えられて

米沢の稽古場、今日は市民文化会館です。
聞くところによれば、昨日今日と、だいぶ冷え込んだようで、朝方の米沢は-12〜13度になっていたとか。
そんな冷え込みももろともせず、よねざわ市民ミュージカル「伝国座」のメンバーははつらつと稽古に臨んでいます。


一方、外の積雪は、すごい。
さすが米沢。


ところが、除雪は完璧です。
これも、さすが米沢

しっかりと除雪をして頂いているので、駐車スペースにも困りません。
忘れていけないのは、こうして、除雪をしてくださっている皆さんがいらっしゃるということ。
おそらく、僕らは顔も存じ上げない方々の努力のおかげで、こうして稽古の進行がスムーズにできるというわけです。

雪国では当たり前のことかもしれませんが、先日ラーメン屋さんの店先で、雪でクルマがスタックしたときも、店の方はもちろん、近所の方がすぐに飛んで来てくれて無事脱出!ということがありました。
「助け合い」 がごく自然に行われる現場に遭遇すると、じ〜んと感動します。

見知らぬ皆さんに「支えられて」僕たちは存在している、生きているのだと感じてしまうわけです。
ふだんは気づかない、もしくは、忘れているんでしょうね。

最近は、そんな「気づき」の連続です。