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2025年12月27日土曜日

故郷近くにてふと

おかげさまで、恒例のSCSミュージカル研究所クリスマス公演は、全公演チケット売り切れ満員御礼の盛況で幕を閉じることができました。たくさんの皆さまの支えを頂いて、今年も無事に公演活動を終えることができたことを、心から感謝申し上げます。

昨日はお稽古場での納会。みんなで今年一年を振り返りました。芸術監督から今年活躍した研究生への表彰がメインイベント。それに先立って私が主催してやっている「SCSリーディングマラソン・コンテスト2025」では、1年でたくさん本を読んで感想を報告してくれた研究生上位5名を表彰しました。

さて、写真は、先週のはじめに横浜まで日帰り出張向かう途中、東北新幹線の福島あたりで見えてきたのてっぺんに白い輪っかのような雪を頂いた「吾妻小富士」(画面左のほうの小さな雪の三角帽子)。ふと、生まれ故郷を想いました。ちょっと雲がかかっていましたが冬のはじめっぽい懐かしい風景です。


この吾妻小富士の右奥むこうの米沢というところが私の生まれ故郷。昨年父が他界して両親が居なくなり、米沢はちょっぴり遠くなってしまったような気もしますが、やっぱりこのあたりの風景を見ていると子どもの頃の様々な感覚がよみがえってきます。山並みや空の色が子どもの頃に見ていた風景に似ているように思えてくるのです。

幼い時の記憶と言うのはふとしたことでドバっと出てくることがあります。それゆえに小さいころの経験は大切。昨夜の納会の席では、子どもたちがはしゃぎながら食事をして、余興では、歌って踊って、稽古場に笑い声の絶えない素敵な時間でした。

子どもはすぐに大人になってしまいますから「子ども時代の彼ら」と触れ合える時間はそう多くありません。それに、こっちの方も毎年残り時間のカウントダウンの音が大きくなっていっているわけで(笑)

気が付けば今年も今日をを含めて残すところ5日。来年もまた子どもたちと楽しい舞台が作れると良いなあと思う年の瀬です。

2021年8月28日土曜日

間隔と遠隔

SCSミュージカル研究所が受託指導を行っている2グループ。創意工夫をこなしながら、今週は身体を動かすことが中心のメニューです。

「間隔」のNaNa5931(宮城県七ヶ浜町)

「遠隔」の伝国座(山形県米沢市) 

スクリーンの向こうのSCSお稽古場とつなっがって、レッスンが進行していきます。

 


2021年6月26日土曜日

ひと月

昨夜米沢のお稽古場を出て、ふと空を見上げると、月が昇ってきたところであった。

何となく雲の形がフェニックス(不死鳥)のように見えた。


 

次の満月は7月24日(土)、
この地で生まれたミュージカル『梵天丸』の仙台公演初日だ。 

まさしく「ひと月」後。


2021年5月23日日曜日

せめて懐かしい味を

せっかく故郷に来たのだが、

感染予防策とかで父には会えず。

せめて懐かしい味と出会おうと、

米沢ラーメン。

 


2021年2月23日火曜日

週末は発表会

今週末は、よねざわ市民ミュージカル「伝国座」の年度末成果発表が行われます。

伝国座は2009年に米沢市で初めて誕生したミュージカルグループ。名前の由来などは別の機会に譲るとして、創立以来小生は(たまにこのブログでも触れてきましたが)プロデューサーとして関わり地元米沢の皆さんとともに活動を続けてまいりました。

しかし、今年度はご承知の通りのコロナ禍。前年までとは状況が一変しました。一時的に活動がストップしてしまいました。春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎて、私たちが伝国座でのお稽古を始めることが出来たのは11月でありました。

そんな状況にも関わらず、このたび、伝国座の皆さんの情熱と米沢市の文化課の皆さんや米沢上杉文化振興財団の皆さまのご尽力により、実際の舞台を使用しての発表会が行われることになりました。もちろん感染防止のガイドラインに則り、万全の対策を施しての挑戦です。

今週も、私たちは雪の米沢へと出向き、伝国座の皆さんの活動サポートを行いました。


ステキな新調衣裳も出来上がっていました。

劇場の灯を消さないために、私たちにできることを日々考え続けながらの挑戦です。


2020年11月1日日曜日

そろりそろりと

あっという間に11月。
今年も残すところ…なんてフレーズが聞こえてくる季節に突入です。

さて、今週はコロナ禍で、まったくレッスンや指導ができていなかった米沢のミュージカルグループ「伝国座」のお稽古は、関係の皆さまのご尽力により、一昨日ようやく再開にこぎつけました。





消毒やマスクなど基本的なことはもちろん、広い会場で、換気や間隔を保った状態でのお稽古です。まずは、なまった身体を戻していくことから。

そろりそろりと、
現状出来うる最大の安全確認をしつつ、
前に進みます。

2020年8月31日月曜日

奥州の覇者生誕地

先日、二人の先輩とともに米沢市にある小野川温泉を目指した。

昨年大きな仕事を成し遂げられたお二人はそれぞれ弁護士と大学教授。移動の車中でも話題は縦横無尽に広がる。三人の中で私は一番の若輩であるから学ぶことや感ずることが多々あって、実り多き有難き時間。

小さな旅ではあったが、今回の目的地米沢は私のふるさと。
先輩のお一人は「私は晴れ男」とおっしゃる。その通りよく晴れて良い旅となった。故郷をあちこちご案内しながら、私は18歳までしか居なかったけれど、ふるさとってのはいいもんだと、つくづく思った。
ほろ苦く、そして甘い。

写真は伊達政宗生誕の地あたり。



仙台市博物館の年表によると、政宗は25歳で岩出山(宮城県)に移るまで、この米沢を本拠地としていたことになる。

わずか23歳でおよそ150万石に相当する領地を切り開いて奥州の覇者となった政宗。TVドラマなどで見られた政宗が戦う勇ましい姿は、実のところここ米沢時代の話なのだ。仙台市民歴40年の私は、先輩方をご案内しつつ約400年前に繰り広げられた歴史絵巻に想いを馳せたのであった。もちろん、このあとに目的地の湯船を堪能したのは言うまでもない(笑)

2020年7月12日日曜日

気を付けて帰ります

雨が続いています。
所用で故郷に行ったのですが、帰路忘れ物に気が付き間もなく実家に戻りました。

すると、さっき玄関に向かった時には気づきもしませんでしたが、庭先でこちらを向いて咲くユリがありました。
なかなか手入れが行き届かなくなってしまったこの場所で、強い雨が近づいてきている気配の黒っぽい空を背に、花びらの鮮やかなイエローが水滴をはじいていました。


黄色と黒のコントラストは注意を促す配色ですよね。

どうしてこの場所に咲いたのだろう、そして、こんなに美しい色にどうしてさっき気づかなかったのだろうなどと考えていたら、これは昔母がこの庭で育てていたユリの子孫なのだとか。
一緒にいた妹が教えてくれました。

何となく合点がいきました。

はい、気をつけて帰ります。

2020年3月24日火曜日

ファン心理

昭和の時代に「伴淳三郎」という、たいへんな人気を誇ったコメディアンがいらっしゃいました。いまでは、その名前を覚えていらっしゃる方もだんだん少なくなってまいりましたが…。

父は、その伴淳三郎(通称、伴淳)さんの大ファンでありまして。
若いころに一緒に撮ったという写真を額に入れて、今も後生大事に持っているのです。


写真中央が伴淳さん、右端が父。父は当時「シルバーピジョン」というスクーターのトップセールスマンだったらしく、一緒に写真に納まることができたのだとか。
まだ世の中一般に「マイカー」が普及する前の時代ですね。中央奥の額縁には、上杉謙信公の肖像。伴淳さんは、米沢市生まれなのでありました。
父はこのとき、伴淳さんとお話をして「一生懸命やり続けると、必ず結果が出るものです、がんばりなさい」というお言葉を頂いたのだとか。 その言葉を支えに頑張り続けたと。

実は今日、彼岸も過ぎておりますがとんぼ返りで米沢へ行ってきました。なかなか母の墓参もできぬことを詫びに、父を連れて母の眠るお寺に行ったのでありました。
一通りお参りを済ませると、父が向かったのは「伴淳さんのお墓」。傍に米沢市が伴淳さんの解説版を掲げていますね。母のお墓の近くの大きな木とシンメトリーな位置にあります。そう、父は伴淳さんと同じお寺の墓地に自分のお墓をつくりました。


ファン心理、かくの如し。

ふと、母から、昔、父が「池内淳子」(こちらも昭和の時代の名女優)さんの大ファンであったと聞いたことを思い出しました。そういえば、私の名前の「ジュン」という字は、漢字こそ違えど伴ジュンさんと池内ジュン子さんから…などというギモンが生じてきました。
まあ、このことは、父には聞かずにおきましょう(笑)


2019年8月25日日曜日

記憶の断章

目の前を電車が行き過ぎるときに、ふと時空が歪むような感覚を覚える時があります。



この踏切の防雪林の向こうにはかつて通った中学校があり、さらに時間を遡ると、幼い記憶ながら「蒸気機関車」を観に来たことがあるのも確かこの辺り。今では新幹線も通る奥羽本線。
その時一緒に誰と居たのか、祖父だったのか、伯父だったか、父親だったか。どうも思い出せないのですが、今年は伯父が亡くなって、もう私の周りには祖父はもとより父方にも母方にも「おじ」は居なくなってしまいました。それだけ私も年を重ねたということなのですが、親戚が集まったりして一族がにぎわう期間などというのはほんとうに短いものです。

蒸気機関車のうっすらとした記憶から今まで、何だかあっという間の気がします。
そして、これまたあっと言う間に目の前の電車が行き過ぎて行きました。

そして、まばたきをした刹那、電車が去ったその向こうには、
私が子どもの頃に見た土煙の立ちそうな道と
その脇にあった立派な松の木の景色が広がっていました。

それは、確かに見たような気がいたしました。

2019年2月17日日曜日

舞い上がる雪けむりの向こうに

目の前を2両編成の電車が疾走してゆきました。
ここは、通称、斜平山(なでらやま)の麓にあるJR米坂線の踏切。
この踏切の向こうにはまっすぐな道が続き、その先には壁のように斜平山がそそり立っています。

このあたりの景色は、漫画家のますむらひろし氏も『アタゴオル』の中で描いておられる絵と構図が一致します。氏とはまだお会いしたことはありませんが、高校が同窓で大先輩にもあたります。その昔、ひょっとすると似たような米沢の景色を見ていた可能性もあるのかなぁ。半世紀近く前の小学生の私は、この先に広がる田園風景の中で、オタマジャクシの卵を取ったり、サンショウウオを捕まえたりして遊んだ記憶があります。

さてさてこの写真は一昨日の夜に撮影したもの。


このときの気温はマイナス10.5度。
米沢のミュージカルグループ「伝国座」のお稽古場へ向かう道路は、クルマを進めるとバリバリと音をたてるほどに凍てついています。

そんななか前方の警報機が鳴り、遮断機が下ります。そして電車の明かりとクルマのライトで周囲が一瞬闇に沈むと、疾走する電車が巻き上げる雪けむりの向こう、まっすぐな道の先の山並みが見えた気がしました。
しかし、それはなぜかしら夏の山。電車が通り過ぎた後には道の両側に広がる青々とした田んぼ。

おそらく我が身にインプリンティングされているであろうこの闇と寒さは、意図せず私を妄想に駆り立てます。

それは、生きて行くのに必要な想像力につながる大事な源泉です。
闇は必要です。

2018年10月1日月曜日

ありがとうございます。無事終了。

帝人株式会社100周年記念米沢イベントのなかでご披露いたしましたミュージカル。満場の拍手を頂戴して無事に終えることができました。


1918年、米沢に誕生した帝国人造絹糸(現在の帝人)によって、絹糸の代わりになる人工の糸、日本初の人絹(ビスコース法レーヨン糸)が生まれ、事業化された。その設立者の一人、秦逸三(はた・いつぞう)を軸に描かれたミュージカル『Faith』。
今回の上演を通じて、私もあらためて大正時代の米沢とその風土に思いをはせる機会を頂きました。

出演は、米沢のミュージカルグループ「伝国座」。





オープニングナンバーの『オーヴァーチュア―』から早速会場に拍手が沸き起こり、また終演後は沢山のメンバーがお客さまから「感動した」「美しかった」「すごい」などとお褒めの言葉を頂いておりました。

そうしたお客さまからの言葉が私たちの活動の源です。

関係のすべての方々に厚く御礼申し上げます。



2018年4月21日土曜日

冷たいラーメン

一見、普通の中華そばのようですが、冷たいんです。
「米沢ラーメン」の風味とちぢれ麺を生かしつつ、いわゆる冷やし中華とはまた違った味わいがあります。


ここ2日間ぐらいは、このラーメンのおいしさが引き立つ気温です。

故郷の米沢市にある「日の出食堂」にて。


2018年2月19日月曜日

伝国座のお稽古場にて

先週の金曜日は翌日の吹雪の前の静けさだったのでしょうか。ミュージカル劇団「伝国座(でんこくざ)」の指導のために仙台(宮城県)から米沢(山形県)までの道のりは全く雪の影響もなくスムーズな移動でありました。(翌日の降り方はこのひとつ前のブログ記事のとおりですが)そんな金曜の夜。米沢のお稽古場では、3月に彼らが参加するイベントに向けたお稽古、並びに年度末の成果発表会にかかわるお稽古が進行しておりました。

台本や音楽はそれぞれ私どもSCSミュージカル研究所から提供しています。私たちはその稽古の進行状況を拝見する役割です。さすがは昨年ミュージカル『梵天丸』を成功させた伝国座の皆さん、その真剣な取り組みで、新人さんや子供たちのダンスや演技レベルが向上していることに感心しました。

しかし、プロの目は厳しい。梶賀先生はじめ指導者からは各場面や各人に対しての駄目だしも。「駄目だし」というのは、平たく言えばアドバイスのことなのですが、舞台人には比較的浸透している言葉のようです。梶賀先生曰く「その昔(1970年代初頭の劇団四季稽古場)私が『駄目だし』、『駄目直し』なんて言葉を役者たちに使っていたら、いつの間にかみんなその言葉を真似するようになったわ」とのこと。 ひょっとすると駄目だしという言葉の発祥は梶賀センセかもしれませんね。


その「駄目」という言葉。もともとは、囲碁の世界で使われていたようですね。近頃は囲碁やらオリンピックやら勝負事のニューズが世間をにぎわしています。舞台づくりの世界でも、ちょっと勝負の世界の香りがする言葉が使われているということでしょうか。

そんな厳しい時間を経てきた今年度の伝国座稽古場を想起させる 
「伝国座平成29年度成果発表会」が
3月20日(火)の夜に伝国の杜ホール(米沢市)
で開催されます。
伝国座のレパートリーから構成されるミニミュージカルショー。

入場無料、どなたでもご覧になれます。
近くなりましたら、またこのブログやSNSなどでお知らせいたしますね。
お近くにお住いのみなさん、ぜひ彼らの素敵なミュージカルづくりの活動をご覧ください。

2018年2月17日土曜日

高校時代の恩師のお一人、五十嵐京子先生の叙勲をお祝いする会に出席するために故郷の米沢市へ。昨日の伝国座指導に引き続き、二日連続の米沢通いでした。
めでたいお祝いの時間が終わり外へ出ると昨日とはうってかわって米沢らしいこの雪の降り方。
雪と闘う日々が続く米沢在住の皆さんには、やっかいな雪。特にこんな降り方をするとあっという間に積雪は半日で数十センチとなります。


それにしても、仙台に居ては殆ど体験することがないこの降り方。
雪が、ここに住む方々にとって決して歓迎すべきものではないことは、元ここの住人としては体験的にわかります。

しかし、私にとって、米沢の雪は18歳までの記憶を瞬時に呼び起こす重要なアイテム。
雪に触れるだけで、ただただ嬉しくなってしまう瞬間でもあるのでした。

2017年12月14日木曜日

1日50センチ

天気予報では雪マークとなっていたので、予想はしていたものの1日で結構な積雪となった昨日の米沢市。
先月開通した日本一長い無料トンネルをくぐって、ちょっと行ってまいりました。福島市と米沢市の間にある約9キロの長いトンネル。この開通のおかげで仙台からの帰省がかな楽になりました。
この道路を使うと仙台を出て110キロメートルぐらいで米沢です。途中、福島のジャンクションを経て、文字通り国境(くにざかい)のトンネルを抜けると、そこは雪国、米沢なのでありました。


父の顔を見に立ち寄った実家は、ちょうど、近所の方に小型のブルドーザーで家の前の雪を片付けてもらった後でしたので、車は難なく敷地内に停めることができました。
1日に50センチの積雪なんていうと、雪の降らない地方の方はびっくりされることでしょう。私が現在住んでいる仙台でも、こんなに降ったら100万人が大パニックになるかもしれません。
しかし、雪国米沢のみなさんは至って平常心。当たり前のように会社やお店の営業、日常生活は営まれています。
ここで育った私にとっては、雪のある景色は精神的な原点のようで落ち着きます。
読者のみなさんの故郷はどんなところなのでしょうか。
人にはそれぞれに、こうした風土とあいまった原点のような気候や風景を心に持っているのかもしれません。

2017年9月20日水曜日

19日

昨日9月19日は、母校、山形県立米沢興譲館高等学校の創立131周年記念講演会の講師としてお招きいただき、現役全校生徒の皆さん、教職員の皆さん、同窓会長さんはじめ関係の皆さまの前で(緊張しながら)お話ししてまいりました。
そして、お集まりのみなささまのあたたかいおもてなしに感動し、ふるさとの良さをしみじみと感じ入る一日ともなりました。

思えば、ちょうど一か月前の8月19日は米沢生まれの伊達政宗公にちなんだミュージカル『仙台ねこ』の初日でした。
実はその日は、母の2度目の祥月命日。
「19日」と「米沢」。
亡き母が繋いでいたのかもしれません(笑)
なんだか不思議なつながりに感謝しつつ、連綿と繋がり育まれている母校の歴史と先人に思いを馳せて、短いながらもゆったりと流れるような時間を過ごしました。

先週は先週で、興譲館の「大同窓会」に出席のため米沢を訪れておりました。
先輩、後輩、同級生たちのの交流も楽しかったなぁ。

年を重ねたせいでしょうか
このところ時折
ふるさとはいいものだと思います

ふと見上げた空には
トンボが飛び交い
秋の空気は
美しく澄んでおりました



2017年6月15日木曜日

父の日にという訳ではないけれど

先月末に、父を訪ねた。
5月とは思えない暑い日。
一昨年に母を亡くしてから父は気丈に一人暮らしをしている。

米沢市内にて、とある用事を二人で済ませての帰り道、父が突然「白いズックが欲しい」と言った。
(いまどきはズックと言う人もいなくなった。いわゆるスニーカーのことである)
父は、現在愛用のものも履きやすいようだが、視力の衰えか白いものの方が見えやすいのだとか。
僕は車をイトーヨーカドーに向け、そこで安物だけれど白いズックと、ついでに帽子も買ってあげた。


父親のものを二人で買いに行ったのは生まれて初めてだったかもしれない。
かなり早めの「父の日」プレゼント…正直なところ、不肖ヒロセ純、その時は父の日なぞと思わなかったけれど、父には都合よくそう解釈してもらうことにしよう(笑)
これで、父の好きな散歩もまたちょっぴり楽しくなってくれることを願う。

それにしても、僕は、自分が年老いた時、
父のように一人で暮らしていけるのだろうか。
かなり不安である。
文字通りの「不肖の息子」。


2017年5月24日水曜日

大入り

お陰さまで、米沢でのミュージカル『梵天丸』公演、無事に終了いたしました。
米沢に通いはじめてから、気が付くと9年も経過していました。

公演は大盛況。


満席となったことから、出演者やスタッフに主催者から縁起ものの「大入り袋」が渡されました。


山形新聞、米沢新聞と、連日地元新聞の記事にもしていただき好評をいただきました。
この場をお借りして、主催者、スタッフ、出演者、ご家族、関係各位に心から御礼申し上げます。

2017年5月3日水曜日

桜の幻想

連休初日の米沢にて。

午前中は穏やかなお天気で、ちらちら舞う桜の花びらを楽しめていたのですが、午後からお空には怪しげな雲が立ち込めて、強い風が吹き始め、あっという間に荒れ模様の空。
風にあおられて散った花びらは、上杉公園のお堀の水上に、はらはらと重なってゆきました。

まるで桜の海。
動きの速い雲の対比と相まって、
軽いめまいを覚えるような、
幻想的な一瞬。