2022年3月18日金曜日
舞台芸術シンポジウム開催いたします
2022年1月27日木曜日
思いがけず
東北大学の「芸術の世界」という授業を担当する非常勤講師としてお世話になってから6年、カリキュラムの改革によりその講座が今年度で終了することもあって、私も卒業ということになりました。
SCSミュージカル研究所研究生の一人(彼は私が担当した1年目に授業で出会って、ミュージカルの舞台を一緒に創ってきました)も、めでたくこの春大学院修士課程を卒業予定、社会へ羽ばたきます。先日その彼と「お互いに今年で卒業だねぇ」と笑いあいました。6年間はあっという間でしたが、そうした素晴らしい学生たちとの出会いは、生涯の宝物です。
ところで昨日は、ちょうど私のある大きな手術から5年となる日でした。あらためて今日この時を生きている有難さをかみしめていたところ、打合せで事務所にお見えになった大学関係の方々(私の担当授業とは全く分野の違う先生方ですが)から、すてきな贈り物を頂きました。
昨日でお会いするのが2度目の皆さん(おそらくこれから何度かお会いするようになると思いますが)ですから、私の状況は知る由もないわけですが、思いがけず大変「味のある卒業記念品」を頂いたような気分になり勝手に嬉しくなっていました。
我が大切なスタッフとともに、じっくりと味わいたいと思います。
2021年11月22日月曜日
刹那の彩り
週に一度担当している郡山での講義を終えて、大学の敷地を出ようとしたとき、赤い色が目に留まりました。
手前が椿で奥が楓でしょうか。
若く瑞々しく、滾るエネルギーを感じる赤、一方、枯れて落ちようとしている赤、同じ赤でも立場の違う色合いに、しばし見入りました。
落葉樹は葉を落とさなければなりません。花は咲かなければ種子をつくれません。どちらも彼らにとっては大切な、いのちをつなぐ行為です。そして、それぞれの一生の、とある刹那に、それぞれに美しい彩りを見せてくれます。
これらの赤い色が見えなくなると、いよいよ本格的に冬がやってきます。言い換えれば春に向かう準備の季節です。
自然は偉大な、最高の先生です。
2021年9月1日水曜日
静かなキャンパス
コロナ禍の2021年も4分の3を過ぎて、9月に入ってしまいましたね。
昨日は所用で東北学院大学の泉キャンパスに出かけました。何と1年半ぶりの訪問です。
折しも宮城県は緊急事態宣言下。大学の感染対策レベルも上がっています。
夏休み中とはいえ、人影のない静かなキャンパスに立つと、一瞬異空間にいるような感覚に陥ります。学生の「気配」が無くなっています。
耳を澄ませば、遠くに夏の終わりを惜しむかのような蝉の声と、秋の始まりを告げる虫の声が混じり合って聴こえていました。
8年ほど前から担当している私の授業は人数の関係で、昨年も今年も毎週授業動画を制作しオンデマンドで実施しせざるを得ませんでした。
学ぶ側にも教える側にも、忍耐と工夫を強いる時代が続いています。
2021年1月10日日曜日
準備
非常勤で講師をしている大学のひとつで今年はじめの授業を終え、ふと顔をあげて見れば、雲一つない青い色。
この一年、コロナ禍で私たちはじわじわとダメージを受けてきています。自粛ムードのお正月は、寒波、そして再びの緊急事態宣言。この青空の直後には、急に雲行きが怪しくなり、あたり一帯が風雪模様となりました。
天候も、日本もなんだかことごとく不安定な状況のようにも感じます。
しかし、この空の下に立つ木は、一見枯れているようにも見えますが、しっかり春に美しい新緑となる準備を始めています。
無為自然、剣道少年だったころに学んだ自然体、そんなことを考えながら過ごす日々です。
2020年7月31日金曜日
お日さま
2020年4月17日金曜日
オンライン会議
緊急事態宣言の全国への拡大を受け、小生が担当する大学の授業もオンライン化が加速する様相を見せています。
今日のテストケースでは、オンライン授業で現実的に我々講師たちはどのようなことができるのかということを基本に議論したのですが、話は発展しシェイクスピアとパンデミックの話、Stay home と Stay at home の違い、「明けない夜はない」という言葉の元になったといわれるマクベスの話、医療分野のグローバル企業でお仕事されている方による市場変化の実感のお話など、多岐にわたる分野の話題が飛び交い、予定時間をすっかり過ぎてしまっていました。
どの話題も、平時ならば学生諸君とともに同じ空間で情報共有しながら考えたいテーマばかりです。 少しでも平時の状態に近づいた内容になるように、また、オンラインだからできることもありますから、その利点をどう生かしていくか。
幸い本日の会議での大きなトラブルはありませんでしたが、まだまだ、試行錯誤は続きます。
2020年2月9日日曜日
新しい季節の始まり
少人数ながら中身の濃い、実のある公演となりました。
この2年間努力を続けたゼミ生諸君に心の底から大きな拍手を送り続けました。
文字通りゼミ生の皆さんの「卒業」がかかっている重要な日である一方、この日はSCS出身M君の結婚披露宴や、七ヶ浜町で仙台フィルハーモニー管弦楽団と、NaNa5931の共演の日と重なってしまいました。すべておめでたいこと、ありがたいことですから、参加、立ち合いしたかったのですが、身体は一つしかありません。
結婚披露宴のほうは梶賀主宰に、仙フィルとの共演は優秀な指導員たちにお任せするしかありませんでした。M君、ほんとうにおめでとう!一緒にミュージカルをやっていた仲間たちが夕方事務所に立ち寄ってくれて、素晴らしい結婚式のようすを伺いましたよ。
そしてNaNa5931ならびに七ヶ浜国際村のみなさん、ツイッターなどでも多くの高評をいただいているようです。おつかれさまでした!
もしも私が分身の術やどこでもドアを使うことができたら全部参加できるのになぁ。
さて、昨日で今年度の大学関係のお仕事はすべて終了。
下校する坂道で、うっすら夕焼けを望みながら、チラリと雪の舞い降りる寒さにブルっと身震いしつつ、周辺の草木に目を移せば、すっかり枯れたように見える中にも、新しい季節のはじまりがありました。
2020年2月4日火曜日
郡山にて
ほとんどが復興支援がらみの舞台や音楽のサポートでした。
その場所に定期的に通わせていただくことになるとは当時夢見だにせず…。
ところが、ご縁があってその郡山にある郡山女子大学で授業を受け持つこととなり、今年度から毎週通い始めました。
「チャイルド・ミュージック・コース」という新設の学科です。
新しいコースのため、前例やひな形はありません。
一昨年から少しづつ担当教授の皆様と打ち合わせを進めながら準備して今年度開講しました。
初年度私の担当する授業は終わりましたが、一昨日は、幼児教育学科の2年生の皆さんが卒業間近に開催する大きなイベントを見学しにいきました。
この大学では大きなホールが敷地内にあります。
建築家の故丹下健三氏監修によるオーケストラ・ピットや花道をもつ本格的舞台。
我々から見たらとてもうらやましい環境です。
そして、今回の「劇と遊びのつどい」というこのイベントはすべて学生たちで、企画運営したのだそうです。照明、音響、舞台装置、すべてにおいて手作り感のある暖かな舞台でした。
おそらく2年生の皆さんが一丸となって取り組んだものでしょう。
ロビーでも子そもたちのための様々な楽しい遊びの企画が繰り広げられて感動的な場面もいくつかありました。
帰りの新幹線、郡山駅ホーム。
少し待ち時間あったのですが、ホームにいても寒くありません。
日中外に出たときは、ちょっぴり空っ風が少し冷たく感じたけれども、
総じて暖冬なんですね、やはり。
早く春が来てしまうと、いろいろと早めに準備しなきゃいけない感じがしてちょっと焦ります(笑)
2019年11月12日火曜日
歩く、考える
ただ、仕事が立て込むと、どうしてもデスクワークが増えて歩数が伸びません。
ゆえに最近は、心肺機能も併せて鍛えるべく少し起伏のある場所にも挑戦しています。
歩いていると、考えます。
ぼーっとしているようで、実は何かを考えていたことにふと気づきます。
我が来し方行く末を思うことも多いのですが、たまに、仕事や音楽に関して、いいアイディアが浮かぶこともあります。
ドイツの哲学者、イマヌエル・カント先生は、とても規則正しい生活と散歩をしていたといわれています。
一方、身近なところでは、大正・昭和の初期に「青春のバイブル」として愛読された『三太郎の日記』の作者、阿部次郎先生も散歩好きだったとか。そういえば、先生ゆかりの東北大学のキャンパスに「三太郎の小径」という場所があります。ここは春夏秋冬を楽しめる仙台散歩の穴場かもしれません。
写真は2年ほど前に撮影したものですが、私の青春時代の思い出もかすかに残るエリアです。
次に晴れた日は、このあたりを歩いてみましょうか。
2018年2月5日月曜日
郡山にて
客席の子どもたちと、舞台のおねえさんたちのやりとりがとても元気で、楽しそうでした。
SCSミュージカル研究所でも未就学児が受けるクラスがありますから、私も様々な場面で大変参考になりました。
子供の笑顔。
最高です。
2017年12月13日水曜日
出講
のそのそ部屋から這い出して目指したのは、とある大学の建物。
大学院教授の宮武先生のご依頼を受け1コマゲスト講師を務めさせていただきました。
不肖ヒロセ純、同じ道を30年ぐらい歩んでおりますと、否が応でもそれなりの専門性らしきものを帯びてくるものでございます。時折、その経験をもとに、知的財産の戦略的活用や、プロデュースの手法、地方における舞台芸術活動の事例などについて、舞台作品制作者の立場から話をせよというご依頼をうけることがございます。宮武先生の授業でもここ4年ぐらいとりあげて頂いております。
今回は少人数の授業であったので、机をコの字型に並べて、ゼミナール形式で行いました。あえてパワーポイントは使わずに皆さんの意見を列記するためのホワイトボードのみを使用。大学院の授業でしたので、学生の皆さんとの議論を交えつつ私にとっても有意義で楽しい時間となりました。
向学心の高い皆さんとの触れ合いは、気持ちの良いものですね。
2017年6月11日日曜日
出講
主に舞台づくりを通じたエンターテイメントビジネスのお話と、それに伴う著作物の活用(運用)に関するお話をいたします。先週も、そのお招きがあり飯田橋の方へ出かけてきました。
今回は夜の授業のため、先に宿へチェックイン。
ふと窓の外をみると、ちょうどお日さまが沈むころでありました。
飯田橋あたりのごちゃごちゃしたビル街でも、夕暮れ時の空は美しいものです。
30年近く前まで勤めてた会社の新人研修がこの付近や神保町のあたりで行われていたたこともあって、懐かしい地区。
再びこうしてご縁があるとは、不思議なものです。空を見上げながらふと、今回私を読んでいただいた宮武久佳教授から東京へ向かう前に私のスマホに1枚の写真を送って頂いたことを思い出しました。
「こういう写真、意外にお持ちでは無いでしょう?」ということでメールに添付してくださった1枚。
4年前に東京理科大学に出講させていただいたときの写真でした。
確かに、自分が講義しているときの写真って、なかなかないものです。
宮武さんが当時携帯で撮影してくださっていました。さすが、もとジャーナリストの宮武さん。ありがとうございます。どこかに散逸してしまわないようにブログに貼っておきます(笑)
たった4年前ですが、この間本当にさまざまなことがありました。
来し方行く末を想う回数が増えた気がします。
4年前は今より髪が多かったな(笑)
そんなことを考えながら、
ふたたび空を見上げて、
夕暮れのひと時を楽しんだのでありました。
2017年5月15日月曜日
梵天丸の母
皆さまはどんな一日を過ごされたのでしょう。
さて、山形県米沢市で来週20日(土)~21日(日)に、伊達政宗の生誕450年を記念して上演予定のミュージカル『梵天丸』(作・演出・振付:梶賀千鶴子、音楽:上田亨)は、お陰様でチケットが完売で、当日券の発行予定もないという状態だそうです。
制作者の一人として、大変ありがたいニュースです。
そんなミュージカル『梵天丸』。昨日の米沢市におけるお稽古では、梶賀先生が「梵天丸というミュージカルを生んでくださったお母さん」という名目で、出演者からプレゼントを頂くというサプライズもありました。
この山形県における『梵天丸』もそうですが、私が梶賀先生とともにSCSミュージカル研究所として関わって制作中の作品は、宮城、岩手など仙台以外の土地でもいくつかあります。よって結構移動の時間も長い。周囲の皆さんからは「お忙しいでしょう」とお気遣いを頂きますが、どれも楽しい作品作りです。
けれども、夢中になりすぎて身体を壊してはいけません。安息、養生、大事ですね。所謂いのちの洗濯。先月は英国行きという幸運に恵まれました。今月は無理かな、と思っていたところ、私の不在を埋めてくれる優秀なスタッフに支えられていることに感謝。先週は14時間ほどの空白発見。こりゃ思い立ったが吉日、「温泉」でしょう!
そこで早速自分のための非日常的時間をつくることに。ネットで行ったことのない温泉を物色。
今回は、梵天丸にちなんで「伊達家」「文豪」などのキーワードで検索して見定めたお宿を予約しました! その名は、青根温泉「不忘閣」。以前、東北学院大学の下館和巳教授からこの温泉に纏わるエピソードをお聞きしていたことも選択の決め手でした。
結果。いやぁ、それはもう、一言では説明できない、いいお湯と歴史あるお宿でした。
大変癒されました。
米沢生まれ不肖ヒロセ純、久々の本人登場であります!髪の毛寝ぐせのままですが。ぷぷぷ。(上田亨氏撮影)
さて話は戻って、その「梵天丸」という名前。これは伊達政宗の幼名です。
米沢に生まれ、25歳まで米沢藩の領主として活躍した戦国大名。
人には誰しも父と母が居ますね。伊達政宗公だって同じ。
梵天丸の父は伊達輝宗、母は義姫というお方でありました。
それにしても不思議なことがあるものです。今回、その旅館にある資料館を女将さんに案内していただいているときに出逢ったのが、梵天丸の父母にゆかりのお品。ビックリしました。
写真は、輝宗公の甲冑と義姫様のお化粧道具。
偶然とはいえ、今回のミュージカルにも登場するお二人。
舞台では、母と子の印象的なシーンもいくつか登場致します。
そして、目の前にあるのは、梵天丸の母君がお使いになったもの…
なんだか強い「えにし」を感じつつ、しばし見入っておりました。
充電完了。
2016年10月21日金曜日
生きることは学ぶこと
人の人生のうち、恐らく社会のなかで心身ともに充実して働ける時間は恐らく50年~60年ぐらいでしょう。気が付けばその半分ぐらいの時間を、舞台制作や音楽制作の時間に使ってきました。
ゆえに、若い世代から見れば、不肖ヒロセ純も舞台制作の専門家の一人ということになるのでありましょう。また、私の会社としても数年前から、音楽作品を制作してそれらを知的財産として管理する業務を行うようになりました。
そんな理由もあってか、同大学の宮武教授によるご指名を賜り、4年前から年に1~2度、東京理科大の大学院でお話しする機会を頂いています。今週も、専門職大学院で学ぶ学生さんたちと教室でお会いしました。
まだまだ修行の身ではありますが、私の経験が、大学院で学ぶ学生の皆さんの研究や将来のお仕事に少しでもお役に立てるのであれば、この上ない幸せであります。
自分の経験からも、異業種の世界に自分の仕事に役立つヒントが隠れていたリすることも多いですね。
学生さんたちの真剣なまなざしが印象的でありました。
講義を終え、神楽坂にて食べたお蕎麦。
合わせ盛りというメニュー、初めていただきましたが、美味しかったなぁ。
お蕎麦をすすりつつ、
学生の皆さんのまなざしを思い出しながら、
食べることは生きること、
生きることは学ぶこと、
そんな気がいたしました。
2016年9月29日木曜日
35年
私が授業を行うのは泉キャンパスということもあり、本学のある土樋キャンパスは、近所なのだけれど、なかなか足を踏み入れる機会がなかった。
今日は、先日土樋キャンパスに「ホーイ記念館」という、建学者のひとりウィリアム・ホーイ氏の名を冠した新しい建物が出来て、そこに250席ぐらいのホールがあるということで、見学をさせていただく機会を得た。
「地の塩、世の光」
35年以上経って再びこのフレーズをみた。
小さく声に出してみた。
ああ、なんともリアリティを持ってこの言葉が胸に迫ってきた。
今頃になって、である。
つぎに私はその言葉が掲げられているホーイ記念館の建物を出て、向かい側の懐かしい校舎にも足を運んでみた。
1981年。
挫折感のみをエネルギーとしていた、
不肖ヒロセ純20歳。
35年前に、ここに居た自分と、再び出会った気がした。
ここで出会った恩師の影響は、今も計り知れない。
「地の塩、世の光」
もう一度、そっと声に出してみた。
2016年7月14日木曜日
花の色と雨粒の絶妙な
東北大学を後にした昼下がりから雨が降り出して、東北学院大学泉キャンパスでの授業が終わった頃には結構な雨降りとなっていました。
泉キャンパスから駐車場から講義棟へとむかう道、そこを私は勝手に「クワガタロード」と名付けています。
2年ほど前には、時折クワガタ虫やカミキリ虫を見かける機会が多かったからです。
しかし、昨年あたりからは、ほとんど見かけることがないので、少々寂しく思っておりました。
けれども、こんな雨の日には、美しい自然の彩りを楽しむことも出来ます。
ヤマアジサイでしょうか、二度と再現できない花の色と雨粒の絶妙なバランス。
微かな風に揺れたりしているので、つい、話しかけたくなります。
自然は天才だ。
2016年5月10日火曜日
いろは特製ラーメン
仙台から岩出山に向かう途中で、我々11名がスタックしたのは…
「いろは食堂」。
多い時には数十人の行列ができるお店です。
私はいつも「特製ラーメン」をいただきます(^^)/
この合宿を機に、例年学生諸君は、来年のシェイクスピア作品上演に向けての「修行」が本格化していきます。来年は『テンペスト』。シェイクスピア最後の戯曲とも言われている作品です。
2016年3月7日月曜日
恩師との時間
『キーツのオード群再訪』。事実上、吉田信先生の最終講義である。
さて、その会場となっていた教室に入るなり、目が合ったのは、懐かしき恩師のお二人!
柴田良孝(しばた・よしたか)【中世イギリス英語英文学 】 先生 そして、遠藤健一(えんどう・けんいち)【18世紀イギリス文学、文学理論 】先生である 。
思わず「先生、お会いしたかった!」と言葉がこぼれた。 そして、迷わず両先生のすぐそばに自分の席を陣取った。
大学の教室という場所がそうさせたのか、一瞬にして私の感覚が30年以上さかのぼった。
私は英文学を東北学院大学で学んだ。いや学んだなどとは言えまい。バンド活動に熱中し、本や楽器を買うためのアルバイトに時間を費やし、決して褒められた態度の学生ではなかった私であった。
しかしながら当時の英文科の先生方は、そんな私にもたくさんのアドバイスや、授業を通じての示唆をくださった。お二人ももちろん。
特に遠藤先生は私がやっと卒業にこぎつけた時の担任(グループ主任)の先生。卒業証書を頂いたときに、教室で遠藤先生から「廣瀬君、よかったね、おめでとう。」と心のこもった声をかけて頂いたことは今でもはっきりと覚えている。
残念ながら、当時私が所属していたゼミの谷藤勇先生にお会いすることはもう叶わないのだけれど、吉田先生の最終講義を、恩師と机を並べて受けさせていただくという誉に与るなか、いつしか時は遡った。私が好きだった授業のひとつで「英語音声学」を担当されていた平河内健治先生のことも思い出していた。
一方、吉田先生は、キーツの深く美しい世界を、静かな口調の中で情熱的にお話しくださった。私はそのことばひとつひとつに、大変感銘を受けつつも時折、吉田先生の講義のお声の狭間に、30数年前に英国ロマン派の詩人たちの言葉を読んで聞かせてくださった谷藤先生の声まで蘇ってくるような感覚を得ていた。
講義のさいごに、司会の下館教授から「吉田先生に何か質問はないか」と促された私は、夢うつつのまま思わずその日の講義とはちょっとズレた質問をしてしまった。つまりはキーツの詩のなかでも学生時分に自分が好きだった詩についての質問である。
突然、キリギリスとコウロギの話題になったにも関わらず、吉田信先生は、静かな優しい口調で、丁寧に答えてくださった。
私には、そのお応えそのものが、静かなソネットの調べのように感じた。言葉に集中していくと、そこからどんどん音楽のようなものが聴こえてくるものである。
はからずも、吉田先生のご講義がきっかけで恩師との再会を果たすことができた。
有り難きは母校、そして、恩師との時間。
2016年2月7日日曜日
卒業公演
満席となった会場、そして、楽しく、美しい表現でした。
多くのゼミ先輩たちも応援に駆けつけてきてくれていました。
立春を過ぎた夕陽が、ほんのりと辺りを染めていました。


















