2011年11月11日金曜日

交流事業その1

フランクフルト3日目の朝。
今日は2つの交流事業がプログラムされています。
朝は霧が出て、ホテルの窓から見える景色は幻想的なものでした。
写真は朝8時頃ですが、なかなか明るくならない。


朝食を軽く済ませ


目的地のアルバート・シュバイツァー小学校へ。


プログラムでは、ミュージカル平泉「夕焼けの向こうに」のショートバージョンを披露したあと、実行委員会の皆さまも加わって「ふるさと」と「ローレライ」の合唱を披露することになっています。
ピアノを急遽、作曲家の上田先生にお願いすることに。


集まった子供たちは10歳と言うことでしたから、日本の小学校では4年生ぐらいですね。
皆、熱心に見入っていました。

正面からの子供の写真はNGとのことですので、後ろからのショット。

終演後は折り紙をプレゼントするなどの交流会もありました。
子供たちは大はしゃぎ。


お借りしたピアノを戻しに行った校舎の階段で見つけた子供たちの工作物。


阿部実行委員長と校長先生。


おまけ。
ドイツじゃ、タクシーがベンツ。国産車だから当たり前か。
でも、妙に感動。


さ、お昼を食べたら、次のイベント会場へと移動です!

現地リハーサル

魂が浄化されるような時を過ごしたケルン大聖堂を後にして、我々は再びフランクフルト方面に移動。
いよいよ、リハーサルの開始です。
今日はまず、体を戻すストレッチと、明日予定されている2つのイベントへ向けての稽古。

稽古場には、フランクフルト総領事の重枝氏がわざわざ激励に駆けつけてくださいました。

充実した現地げいこの熱気冷めやらぬまま、我々は夕食に突入!
40人の大所帯。食事は毎回大騒ぎです。

なんといってもフランクフルト!
皮が硬いのやらやわらかいのやら、いろいろあるのね(^_−)−☆

こうして、あっという間にフランクフルト2日目の夜は更けて行くのでありました。

ケルン

ベートーベンの生家を後にして、我々一行は急ぎケルンへ。
ガイドさんの説明によると、ケルンの名はラテン語で植民地を意味する Colonia に由来していてオーデコロン (eau de Cologne) は、フランス語で「ケルンの水」の意味なんだそうな。
それにしても何故ケルンかと申せば、せっかくドイツまで来たのだから、平泉もめでたくユネスコ世界遺産に登録されたわけで、先輩世界遺産のケルン大聖堂に敬意を表すべくやってきたというわけである。


それにしても、圧倒的な大きさと威厳。


大聖堂前のレストランで食事。
みんな、このあとのリハーサル、頑張ろう!


景気付けに名物のビールを頂きました。
なんと、ホテルで買う水より安い!


店内には、可愛らしい酒瓶たち。このお店、もともとビールの醸造元なんだそうな。


そして、今回の公演を現地でサポートする可愛らしい男たち。


どうか、この公演が成功しましようように。



ボン

昨夜はベッドに倒れこみ泥のように眠りました。
ホテルでの朝食を済ませ、僕らはバスでベルリンの壁崩壊以前まで首都であったボンに移動。
夕方からのリハーサルに備えて、時差の調整という意味もあります。
朝の霧はどんどん晴れてゆき、途中の景色は美しいものでした。

みんな、眠たいだろうけど我慢して寝ないで身体を起こしておくんだよ。

目指したのは、ベートーベンの生家。
みちのくミュージカルシアターの本拠地、一関市は合唱の盛んな町であり、年末には「第九」の演奏会も行われております。何しろミュージカル平泉実行委員会は、一関において30年以上合唱に関わってきた方々が中心となり構成されています。

ベートーベンの銅像のある広場。
こんな風景に出会うと、異国に来ていると実感します。

2011年11月10日木曜日

フランクフルト到着。

3時間のディレイでようやくフランクフルトに到着。
仙台とフランクフルトは8時間の時差がありますから、当然現地はすっかり夜です。

みんな少々ぐったりしながらも、遅い夕食です。

機内でも色々食べてきたので、この調子じゃ太っちゃうな。
しかし、食事のあとは何はともあれ、睡眠、睡眠!
明日から日程はびっしりです。
みんな、頑張ろうね!

夕焼けの向こうに!

ようやく成田を飛び立った僕らの視界に入ってきたものは、雲の上に現れたこの上なく美しい夕陽。


これからドイツで「夕焼けの向こうに」というミュージカルの公演を行おうとする僕らを祝福するかのような光景。夕焼けにまつわる様々な想いが胸を去来し、ロシア上空で真っ暗になるまで見惚れておりました。
その後、時差調整のため到着まで徹夜を決め込んだ僕は、機内でも台本を広げお仕事。
お留守番組や、七ヶ浜の子供たちのことも決して忘れてはいませんよ。



2011年11月9日水曜日

品川あたりから成田へ

ドイツに発つ飛行機が8日12時頃で2時間前手続きで移動が大所帯ということもあり、ミュージカル平泉ドイツ公演の一行は岩手宮城から前日それぞれ東京に集結。



 

珍しく朝食もしっかり摂っていざ成田へ!


 

しかし、飛行機の機体変更とかで、出発が3時間遅れ。



がっかりするところだけど、この時間で東京で合流したこのミュージカルの作曲者、上田亨さんと有意義な話がたくさん出来ました。
15:30分、仕切り直していざ、出陣!


2011年11月7日月曜日

「忘れないで」ハワイアンバージョン

仙台にある「アロハ・フラ」というフラ・グループの指導者であり、先日の名取市仮設住宅への支援にも加わっていただいた佐藤ひかるさん。
彼女がフラの指導をするグループのひとつが、先週土曜日に仙台市東部にある六郷市民センターで行われる「復興祭」に参加するというので、事務所を1時間ばかり抜け出してでかけてきました。

ここは、あの日すぐそばまで津波が押し寄せた場所です。

この市民センターを利用して活動していた沢山のグループも一時活動中止を余儀なくされました。
まだ、何も解決していないといえばそうなのですが、こうして、皆さんが集えるようになっただけでも、これは、復興の兆しです。

佐藤先生は、ソロでJUN_harvestの「忘れないで」を踊ってくださいました。
彼女が演奏したイプ・ヘケというハワイの民族楽器を、サイトウミノルがミックスした、ハワイアンバージョンです。

僕は一番後ろで見ていました。
すると、彼女が踊る姿を見ながら、会場のお客さまの中に目頭を押さえる方がちらほら。

伝えようとしていたものが、仲間の力を借りて伝わった、感動的な瞬間でした。

2011年11月4日金曜日

被災地から生み出すミュージカル。

被災地とか被災者という言葉は、あまり好きではありません。
自分が使うとなんだか憐憫を招き入れるような印象があるからです。
半分冗談交じりで言っちゃったりします。
瓦礫という言葉もあまり好きではありません。
3月11日の2時46分まで、それらは瓦礫ではなかったからです。
震災後、このことばたちは僕にそんなことを語りかけるようになりました。

しかし。
被災地にいる被災者の僕たちが、あえてこの言葉を使います。
「被災地の瓦礫の中から立ち上がる」ためのミュージカルをつくっています。
出演者もスタッフも「被災者」です。
建物のすぐ下まで津波が押し寄せたホールが会場です。

僕たちが自らこうした言葉を使い、
ここで体験したこと見たことをテーマにし、
ここから立ち上がっていく姿をお見せすること。
それはひょっとして無意識でやっている
自分たちへの癒しの行動なのかもしれません。
そして、一方で、
被災地でない土地に住む友人たちからの
「何かやらなくちゃと思うけど何も出来なくて」
というやさしい言葉や気持ちに応えることだと感じています。

そんな気持ちの入った舞台スタッフ会議が
七ヶ浜国際村ホールの楽屋で行われています。
本番は11月19日~20日 七ヶ浜国際村にて。



外は秋の夕日。
確実に毎日が過ぎてゆきます。


限られた時間で作品作りに全力を尽くします。


おく山に紅葉ふみわけ鳴しかの
聲きくときそ秋はかなしき
[猿丸太夫]

2011年11月1日火曜日

「がんばれ、げんちゃん!」

本日午前中、仙台市福祉プラザにて仙台市立鶴ケ谷支援学校の子どもたちに向けて、SCSミュージカル「がんばれ、げんちゃん!」を上演しました。


客席の子どもたちの反応は、会場全体を元気にさせるような、そして素敵な笑顔で溢れていました。平日ということでSCSは選抜チームでの上演でしたが、少数精鋭。大きな拍手をいただいていました。


みんな、また会おうね。劇場にも気軽に足を運んでね(^_^)