阪神淡路大震災から20年目の今日
ぼんやりと東日本大震災のことを思い出していた
研究生のご家族から頂いたヒヤシンスが
昨日から花を開いている
いのちは季節を感じて、いのちを繋ごうとしているのだね
僕たちも、次の世代へと繋ぐべきものがまだいっぱいある
なんだか少し焦ってしまう
夕方から仙台は、珍しく吹雪になった
あの日も、夕方から雪が降りだしたっけ
大切な人の安否がわからず
胸が締め付けられた感覚が蘇る
2015年1月17日土曜日
2015年1月16日金曜日
あの日から…明日で20年。
神戸で行われる「ひょうご安全の日のつどい」に宮城県七ヶ浜町で活動する子どもたちのミュージカルグループ、NaNa5931(なな・ごーきゅーさんいち)の小学生たちがお招きを受けて、地元の小学生の皆さんと式典の中で合唱をすることになりました。
本日夜に、出演該当者たちは仙台空港から神戸に向かいます。昨夜は、定例のレッスンのなかでそのイベントの為の確認作業が行われました。梶賀千鶴子先生から、お稽古場にて出発前の最終アドバイスを頂きました。
明日はHAT神戸で行われる追悼式典のなかで、地元なぎさ小学校のみなさんと一緒に「しあわせ運べるように」という曲を合唱することになっています。また、 第2部ではNaNa5931によるダンスと歌のパフォーマンスも披露させていただく予定です。
あれから20年経つのですね。
その頃私は、毎週日曜日に放送されていた「今、きらめいて」というドキュメンタリー番組(新潟を含む東北七県ネット)の案内役をさせて頂いておりました。そのせいもあってか現在よりもはるかにTVをつけている時間も観る時間も多くありました。当時TVに映し出された神戸の画面を観ながら、にわかにはそれが現実とは思えずに、翌週の生放送で、何とコメントしたらよいのか苦しんだ記憶があります。
一方私はTVを観ることのほかに「パソコン通信」といって、PCとモデムをつないでテキストベースでのネットワーク通信を行う「ニフティ―サーブ」というものに加入し、PCを使った情報収集もしていました。まだインターネットなど普及する前の話です。そのニフティ―サーブの中で、個人から発信され飛び交う地震情報は、TV映像から想像するよりもはるかにリアリティをもって伝わってきていたことが思い出されます。
今や、パソコン通信という言葉は聞かれなくなり、インターネットを通じて、画像や動画を簡単にやり取りできるネットワークが発達しています。そして、東日本大震災を体験した私たちは、コンピュータを通じた様々なかたちでのネットワークの重要性、有用性を肌で感じています。回線を通じたネットワークは勿論ですが、PCや電話が震災時に使えるとは限りません。
何より人的ネットワーク、これが重要です。
私たちは、情報があっても、現金があっても、街の真ん中でも、ひもじい思いをした経験を持っています。
お金が価値を持たなくなった時に、私たちが必要だったのは、助け合える関係とその仕組みでした。
兵庫のみなさんもそうだったように、宮城に住む私たちも、全国から、世界から、たくさんのご支援を頂いてきました。今回の追悼式典に兵庫県からNaNa5931にお声掛けいただきましたこと、大変光栄に感じています。そして、お招きいただいた子どもたちは、被災地、被災者という共通の立場から生まれる、さらに新しい絆を感じているようです。NaNa5931のプロデュースを仰せつかっている立場といたしまして、この場をお借りし関係各位に心からの感謝を申し上げます。
私の事務所には、今朝もNaNa5931が歌った「ほんとうにほんとうにありがとう」という歌の楽譜が欲しいという、仙台市内に住む年配の男性がお見えになりました。
被災地では、ひとそれぞれに、震災の傷の癒し方があるようです。私たちの活動が少しでも、そうした方々のお役に立てることがあれば幸いです。
NaNa5931のみんな、
明日は神戸の空に、
東北の子どもたちの元気な声を
響かせてきてくださ~い!
本日夜に、出演該当者たちは仙台空港から神戸に向かいます。昨夜は、定例のレッスンのなかでそのイベントの為の確認作業が行われました。梶賀千鶴子先生から、お稽古場にて出発前の最終アドバイスを頂きました。
明日はHAT神戸で行われる追悼式典のなかで、地元なぎさ小学校のみなさんと一緒に「しあわせ運べるように」という曲を合唱することになっています。また、 第2部ではNaNa5931によるダンスと歌のパフォーマンスも披露させていただく予定です。
あれから20年経つのですね。
その頃私は、毎週日曜日に放送されていた「今、きらめいて」というドキュメンタリー番組(新潟を含む東北七県ネット)の案内役をさせて頂いておりました。そのせいもあってか現在よりもはるかにTVをつけている時間も観る時間も多くありました。当時TVに映し出された神戸の画面を観ながら、にわかにはそれが現実とは思えずに、翌週の生放送で、何とコメントしたらよいのか苦しんだ記憶があります。
一方私はTVを観ることのほかに「パソコン通信」といって、PCとモデムをつないでテキストベースでのネットワーク通信を行う「ニフティ―サーブ」というものに加入し、PCを使った情報収集もしていました。まだインターネットなど普及する前の話です。そのニフティ―サーブの中で、個人から発信され飛び交う地震情報は、TV映像から想像するよりもはるかにリアリティをもって伝わってきていたことが思い出されます。
今や、パソコン通信という言葉は聞かれなくなり、インターネットを通じて、画像や動画を簡単にやり取りできるネットワークが発達しています。そして、東日本大震災を体験した私たちは、コンピュータを通じた様々なかたちでのネットワークの重要性、有用性を肌で感じています。回線を通じたネットワークは勿論ですが、PCや電話が震災時に使えるとは限りません。
何より人的ネットワーク、これが重要です。
私たちは、情報があっても、現金があっても、街の真ん中でも、ひもじい思いをした経験を持っています。
お金が価値を持たなくなった時に、私たちが必要だったのは、助け合える関係とその仕組みでした。
兵庫のみなさんもそうだったように、宮城に住む私たちも、全国から、世界から、たくさんのご支援を頂いてきました。今回の追悼式典に兵庫県からNaNa5931にお声掛けいただきましたこと、大変光栄に感じています。そして、お招きいただいた子どもたちは、被災地、被災者という共通の立場から生まれる、さらに新しい絆を感じているようです。NaNa5931のプロデュースを仰せつかっている立場といたしまして、この場をお借りし関係各位に心からの感謝を申し上げます。
私の事務所には、今朝もNaNa5931が歌った「ほんとうにほんとうにありがとう」という歌の楽譜が欲しいという、仙台市内に住む年配の男性がお見えになりました。
被災地では、ひとそれぞれに、震災の傷の癒し方があるようです。私たちの活動が少しでも、そうした方々のお役に立てることがあれば幸いです。
NaNa5931のみんな、
明日は神戸の空に、
東北の子どもたちの元気な声を
響かせてきてくださ~い!
2015年1月15日木曜日
八仙の餃子
「今度、ぜひ八仙の餃子を食べに行きましょう」
と約束したのは確か昨年の秋。
約束した相手は、SCSの入っているビルと同じビルに支店を構えている日新商事株式会社の川合支店長さん。
昨夜、ようやくこの約束が実現した。
餃子の老舗「八仙(はっせん)」は、知る人ぞ知る仙台の文化横町にある。
店内にはBGMは無いが、どんと祭の行列から聞こえてくる鐘の音が、店内 にも忍び込んでいる。
まずは、定番の焼き餃子。
これも、押さえておきたい味、水餃子。
このほかに、青菜(とうみょう)と、私にとっては絶対にはずせないチャーハンも注文した。
川合氏とは、ビル内にあるリフレッシュルームで知り合ったのだが、以前、荒町の「ぴーぷる」でナポリタン、塩釜の「ひょうたん」でホルモンという私の定番コースにもおつきあい頂いたことがある。
いわゆる食いしん坊仲間である。
昨夜も、やっとありつけた八仙の餃子に舌鼓をうちながら、SCS事務所メンバーが先日味わった風来坊の手羽先の話でも盛り上がった。彼は名古屋の出身なのだ。ついでに、今年は七ヶ浜ミュージカルの名古屋公演が夏に予定されているという話題になり、密かに氏から名古屋の美味しいお店情報を教わった。
そうこうしているうちに、同社の江口氏、そして珍しく東北学院大学の下館教授が合流。
それぞれに立ち位置の違うメンバーで、話題は縦横無尽に。
美味しい余韻を残しつつ、どんと祭で賑わう仙台の夜は更けていったのであった。
(写真は、仕事中に事務所の窓から撮影した裸参りの行列。1月14日の夕方から夜にかけて、仙台市内のあちこちでこうした光景と出会う。無言の行列が神社まで続く。)
と約束したのは確か昨年の秋。
約束した相手は、SCSの入っているビルと同じビルに支店を構えている日新商事株式会社の川合支店長さん。
昨夜、ようやくこの約束が実現した。
餃子の老舗「八仙(はっせん)」は、知る人ぞ知る仙台の文化横町にある。
店内にはBGMは無いが、どんと祭の行列から聞こえてくる鐘の音が、店内 にも忍び込んでいる。
まずは、定番の焼き餃子。
これも、押さえておきたい味、水餃子。
このほかに、青菜(とうみょう)と、私にとっては絶対にはずせないチャーハンも注文した。
川合氏とは、ビル内にあるリフレッシュルームで知り合ったのだが、以前、荒町の「ぴーぷる」でナポリタン、塩釜の「ひょうたん」でホルモンという私の定番コースにもおつきあい頂いたことがある。
いわゆる食いしん坊仲間である。
昨夜も、やっとありつけた八仙の餃子に舌鼓をうちながら、SCS事務所メンバーが先日味わった風来坊の手羽先の話でも盛り上がった。彼は名古屋の出身なのだ。ついでに、今年は七ヶ浜ミュージカルの名古屋公演が夏に予定されているという話題になり、密かに氏から名古屋の美味しいお店情報を教わった。
そうこうしているうちに、同社の江口氏、そして珍しく東北学院大学の下館教授が合流。
それぞれに立ち位置の違うメンバーで、話題は縦横無尽に。
美味しい余韻を残しつつ、どんと祭で賑わう仙台の夜は更けていったのであった。
(写真は、仕事中に事務所の窓から撮影した裸参りの行列。1月14日の夕方から夜にかけて、仙台市内のあちこちでこうした光景と出会う。無言の行列が神社まで続く。)
2015年1月14日水曜日
おとなクラス・レクチャー
SCSでは「おとなクラス」というレッスンクラスがあります。
毎週火曜日と水曜日の午前中はその時間。
火曜日は「舞(まい)」、水曜日は「響(ひびき)」と銘打って、それぞれ、ミュージカルの手法を基本としたダンス、歌のレッスンを行っています。
基本的に月のうち1週はお休みなのですが、向学心旺盛なオトナの皆さま向けに、昨年秋から空いている1週を使って「座学」をやってみようということになりました。
講師は私(笑)。教材は全部自分で用意。
文字通り、稽古場に座布団を敷いて座って講義を聴く「座学」です。
今日はその4回目でタイトルは「著作物とその権利」
表現活動に関わる者たちは、プロはもちろんアマチュアであれ知っておく必要がある権利のおはなしです。音楽著作物を中心としたお話をいたしました。インフルエンザなどで若干の欠席者はありましたが、出席された方からからは日常生活で気になる権利の質問なども頂き、和やかながら、今日はちょっぴりアカデミックな雰囲気の時間となりました。
ちなみに全5回の講座の内容は下記の通り。
次回は実際に小学校の授業の中で11年にわたりミュージカルを創って上演した経験をもとにお話をします。
SCSおとなクラス受講者にかぎり無料で受講できます。
好評を頂いているので次年度もやってみようかな。
2014年
10月22日(水) ミュージカルとの出会い
11月18日(火) 舞台芸術に携わる人たち
12月24日(水) 制作というふしぎな仕事
2015年
1月14日(水) 著作物とその権利
3月18日(水) 授業でミュージカル
おとなクラスは、火曜と水曜11:00から1時間の講座です。
高校生以下は受講できませんが、ご興味のある方はSCSミュージカル研究所までお問い合わせください。
毎週火曜日と水曜日の午前中はその時間。
火曜日は「舞(まい)」、水曜日は「響(ひびき)」と銘打って、それぞれ、ミュージカルの手法を基本としたダンス、歌のレッスンを行っています。
基本的に月のうち1週はお休みなのですが、向学心旺盛なオトナの皆さま向けに、昨年秋から空いている1週を使って「座学」をやってみようということになりました。
講師は私(笑)。教材は全部自分で用意。
文字通り、稽古場に座布団を敷いて座って講義を聴く「座学」です。
今日はその4回目でタイトルは「著作物とその権利」
表現活動に関わる者たちは、プロはもちろんアマチュアであれ知っておく必要がある権利のおはなしです。音楽著作物を中心としたお話をいたしました。インフルエンザなどで若干の欠席者はありましたが、出席された方からからは日常生活で気になる権利の質問なども頂き、和やかながら、今日はちょっぴりアカデミックな雰囲気の時間となりました。
ちなみに全5回の講座の内容は下記の通り。
次回は実際に小学校の授業の中で11年にわたりミュージカルを創って上演した経験をもとにお話をします。
SCSおとなクラス受講者にかぎり無料で受講できます。
好評を頂いているので次年度もやってみようかな。
2014年
10月22日(水) ミュージカルとの出会い
11月18日(火) 舞台芸術に携わる人たち
12月24日(水) 制作というふしぎな仕事
2015年
1月14日(水) 著作物とその権利
3月18日(水) 授業でミュージカル
おとなクラスは、火曜と水曜11:00から1時間の講座です。
高校生以下は受講できませんが、ご興味のある方はSCSミュージカル研究所までお問い合わせください。
2015年1月13日火曜日
読み返し
先日、アマゾンを散歩(もちろんネット上の)していたら、こんな本を見つけて衝動買いしてしまった。
一昨日の新成人たちを見て、ふと思い出したのは20歳の頃の自分。社会のことや人間関係の妙も全く知らぬままに、頭でっかち(今でも頭が大きいと言われるが)のままに、哲学や宗教に関わる本を読み漁っていた。
その頃は、お金がなかったから、図書館を利用することも多く、この「世界十五大哲学」という本も図書館で手にした記憶があった。その本が文庫本として復刻されていたのだ。
現在、復刊されたこの本はカバンに入れて時間のあるときにパラパラ読み続けている。
難解な哲学を入門者のために、平易な表現で紹介していることでも有名な本だ。
今読み返しても、非常に面白い。
そして、優れた書物には、何度読んでも、そのたびに新しい発見がある。
この本は各章の最後に参考文献や、研究書・学術書の紹介がある。
恐らく私は一生かけても読み解くことは出来ないであろう、そうした書物たちへの入り口でもある。
大学では、故石川文康先生の哲学の授業をとった。
その授業で聞いた「ア・プリオリ、ア・ポステリオリ」という言葉は、なぜか(理解しているとは言えないが)今でも覚えている。
一方、先生のカントのお話などは、情熱的なお話しぶりであったことを覚えている。しかし難しくて当時の私にはよくわからなかった。
けれども、その「よくわからない」という部分に、強い興味をひかれた記憶が、今でも鮮明にある。
この本を読み返しつつ思うのは、いまだに20歳当時の「よくわからない」というところから抜け出していないことであった(笑)。
一昨日の新成人たちを見て、ふと思い出したのは20歳の頃の自分。社会のことや人間関係の妙も全く知らぬままに、頭でっかち(今でも頭が大きいと言われるが)のままに、哲学や宗教に関わる本を読み漁っていた。
その頃は、お金がなかったから、図書館を利用することも多く、この「世界十五大哲学」という本も図書館で手にした記憶があった。その本が文庫本として復刻されていたのだ。
現在、復刊されたこの本はカバンに入れて時間のあるときにパラパラ読み続けている。
難解な哲学を入門者のために、平易な表現で紹介していることでも有名な本だ。
今読み返しても、非常に面白い。
そして、優れた書物には、何度読んでも、そのたびに新しい発見がある。
この本は各章の最後に参考文献や、研究書・学術書の紹介がある。
恐らく私は一生かけても読み解くことは出来ないであろう、そうした書物たちへの入り口でもある。
大学では、故石川文康先生の哲学の授業をとった。
その授業で聞いた「ア・プリオリ、ア・ポステリオリ」という言葉は、なぜか(理解しているとは言えないが)今でも覚えている。
一方、先生のカントのお話などは、情熱的なお話しぶりであったことを覚えている。しかし難しくて当時の私にはよくわからなかった。
けれども、その「よくわからない」という部分に、強い興味をひかれた記憶が、今でも鮮明にある。
この本を読み返しつつ思うのは、いまだに20歳当時の「よくわからない」というところから抜け出していないことであった(笑)。
2015年1月12日月曜日
Go Ahead!
宮城県七ヶ浜町あたりでは、ゴーへ(への発音はゴーえではなくはひふへほの「へ」)という漁師の皆さんがよく使う方言がある。
船を前方に誘導するときなどによく使われるらしい。
一説によると英語のGo Aheadが訛ったものとも言われている。さすが北洋漁業発祥の土地と言われるだけある。
そんな「ゴーへ」という方言が、震災後ミュージカルのタイトルになった。
その作品は多くの皆さんの支援受けて、 豊田講堂(名古屋大学)、日生劇場(東京)での公演を成功させた。
今日は、招待客限定ということではあったが、作品が生まれた場所、七ヶ浜国際村で上演された。
写真の式典の第二部でのプログラム。
リハーサル時の写真で、本日の様子をいくつかご紹介しよう。
実はこの劇場、ホリゾント(舞台奥)の幕を開けると、七ヶ浜の町と海が見える。
今日の海も美しかった。
震災前のここからの景色を知る者の一人として、この景色をバックに「 We love Shichigahama!」と歌う子どもたちを見るたびに、涙が込み上げてくる。
今日も変わらず全国から、いや世界から未だに支援の手は差し伸べられている。皆さまからの暖かいお気持ちを想像するだけで、これまた未だに目頭があつくなる。
私たちにできることは、こうして、舞台を通じ、被災地からの笑顔や元気を発信し続けること。
ココロがあったくなることが、復興の根っこと信じて。
そう、Go Ahead !
船を前方に誘導するときなどによく使われるらしい。
一説によると英語のGo Aheadが訛ったものとも言われている。さすが北洋漁業発祥の土地と言われるだけある。
そんな「ゴーへ」という方言が、震災後ミュージカルのタイトルになった。
梶賀千鶴子が台本を書き、地元のミュージカルグループNaNa5931が演じた。
写真の式典の第二部でのプログラム。
リハーサル時の写真で、本日の様子をいくつかご紹介しよう。
実はこの劇場、ホリゾント(舞台奥)の幕を開けると、七ヶ浜の町と海が見える。
今日の海も美しかった。
今日も変わらず全国から、いや世界から未だに支援の手は差し伸べられている。皆さまからの暖かいお気持ちを想像するだけで、これまた未だに目頭があつくなる。
私たちにできることは、こうして、舞台を通じ、被災地からの笑顔や元気を発信し続けること。
ココロがあったくなることが、復興の根っこと信じて。
そう、Go Ahead !
2015年1月11日日曜日
みんなうれしい美しき二十歳
午後からのレッスンが続く稽古場に、華やかな訪問者が現れました。
そうでした。今日は成人式が行われた日。
SCSミュージカル研究所の新成人メンバーが、そろって事務所とお稽古場に挨拶にきてくれました。
写真中、真ん中の3名は、小学生のころからSCSのお稽古場に通い続けてきたメンバー。
新成人と師匠の一枚。
師匠も、ことのほか嬉しそうです。
たまたま稽古場に居合わせた研究生たちの目線は、めでたく成人した美しき5人にくぎ付け。
そして次の瞬間、写真を撮りまくっておりました。
いつもは、お稽古着で同じ時間を過ごしているお兄さん、お姉さんを見ながら、なんだかみんな嬉しそう。
そりゃそうだ。美しい姿を観るのは誰だってうれしいもんね。
このあと、子どもたちと「あと何年たったら成人かな」という計算をして、大変な盛り上がり。
私も、一緒に写真を撮ってもらいました。
気持ちは若いつもりでいるのだけれど、わたしゃやっぱり、一見して間違いなくこの子たちにとっちゃ「トーチャン」だね(^^)。小学生の頃の君たちの姿が、昨日のことのように思い出される一方、大人になっていく君たちを見るのは嬉しいよ。何の曇りもなく嬉しい。
成人おめでとう!
そうでした。今日は成人式が行われた日。
SCSミュージカル研究所の新成人メンバーが、そろって事務所とお稽古場に挨拶にきてくれました。
写真中、真ん中の3名は、小学生のころからSCSのお稽古場に通い続けてきたメンバー。
新成人と師匠の一枚。
師匠も、ことのほか嬉しそうです。
たまたま稽古場に居合わせた研究生たちの目線は、めでたく成人した美しき5人にくぎ付け。
そして次の瞬間、写真を撮りまくっておりました。
いつもは、お稽古着で同じ時間を過ごしているお兄さん、お姉さんを見ながら、なんだかみんな嬉しそう。
そりゃそうだ。美しい姿を観るのは誰だってうれしいもんね。
このあと、子どもたちと「あと何年たったら成人かな」という計算をして、大変な盛り上がり。
私も、一緒に写真を撮ってもらいました。
気持ちは若いつもりでいるのだけれど、わたしゃやっぱり、一見して間違いなくこの子たちにとっちゃ「トーチャン」だね(^^)。小学生の頃の君たちの姿が、昨日のことのように思い出される一方、大人になっていく君たちを見るのは嬉しいよ。何の曇りもなく嬉しい。
成人おめでとう!
♪震災を知らない子どもたちさ
11日になると、どうしても重めの言葉が出がちです。
しかし、時は過ぎゆくし、地球はまわるわけで。
今日の午前中は「キッズクラス」のレッスンがありました。
日曜日のキッズクラスは今年初めてのレッスンということで、SCSの代表者として稽古場にて冒頭に少しご挨拶をさせていただきました。
春には発表会も計画されているから、ことしもみんなで楽しくミュージカルをつくりましょう!というと、元気な声が返ってきました。子どもたちと一緒にいると、自ずと笑顔になってくるものです。
さて、キッズクラスへは原則として3歳から加入できることになっています。
試しに、新人さんのひとり、可愛らしい小さな女の子の誕生日を訊いてみると、なんと2011年11月うまれ!という応え。
ほほう、というこは、震災後にこの世に生まれて来なすったわけなのですね。
♪震災を知らない子どもたちさ~(フレーズが古くてすみません)
そうなのです。震災後に生まれた子どもが今や稽古場で、歌ったり踊ったりするほどの時間が経ちました。
このブログでも何度か書いていますが、震災後にSCSの活動の指針、キーワードとして「子どもの笑顔」を据えています。
私たちが居なくなった後も、この子どもたちは世界を動かしていきます。
少なくとも自分の周囲にいる子どもたちが安心して笑顔を見せているような環境作りが私たち大人に課せられた復興事業であると信じています。
しかし、時は過ぎゆくし、地球はまわるわけで。
今日の午前中は「キッズクラス」のレッスンがありました。
日曜日のキッズクラスは今年初めてのレッスンということで、SCSの代表者として稽古場にて冒頭に少しご挨拶をさせていただきました。
春には発表会も計画されているから、ことしもみんなで楽しくミュージカルをつくりましょう!というと、元気な声が返ってきました。子どもたちと一緒にいると、自ずと笑顔になってくるものです。
さて、キッズクラスへは原則として3歳から加入できることになっています。
試しに、新人さんのひとり、可愛らしい小さな女の子の誕生日を訊いてみると、なんと2011年11月うまれ!という応え。
ほほう、というこは、震災後にこの世に生まれて来なすったわけなのですね。
♪震災を知らない子どもたちさ~(フレーズが古くてすみません)
そうなのです。震災後に生まれた子どもが今や稽古場で、歌ったり踊ったりするほどの時間が経ちました。
このブログでも何度か書いていますが、震災後にSCSの活動の指針、キーワードとして「子どもの笑顔」を据えています。
私たちが居なくなった後も、この子どもたちは世界を動かしていきます。
少なくとも自分の周囲にいる子どもたちが安心して笑顔を見せているような環境作りが私たち大人に課せられた復興事業であると信じています。
2015年1月10日土曜日
ケム川のほとりにて~ウエストエンドの断片(最終回)
私たちの旅の終わりは、ケンブリッジでの時間だった。
ここは、和巳兄さんにとって11年ぶりの思い出の地。
私にとっては12年ぶりの訪問地である。
ケンブリッジという名前は「ケム川にかかる橋」という意味らしい。
そのケム川にかかる橋を渡ってみたりしながら、みんなで歩いた。
12年前、和巳さんの細君故ハルコさんも一緒にこうして川べりを散歩したことなどを思い出していた。
一方、ケンブリッジ大学では、ちょうどシェイクスピアフェスティバルが行われていた。和巳さんが、そのプログラムの中から「ヴェニスの商人」のチケットを手に入れてくれて、我々はそれを観た。
Robinson College Gardens で上演された野外劇である。
夏とは名ばかりの寒い気温だったけれど、ケンブリッジ日本人会の会長Tamako氏も合流してくださったりして、あったかな気分で、鑑賞することができた。
同行した子どもたちには、この英語の野外劇、ちょっとハードルが高かったかもしれないが、なぜだかみんな神妙な顔をして、終わりまでじっと観ていた。
その姿を横から眺めつつ、僕らは勿論であるが、子どもたちにとっても、こういう空気感を味わうことが重要なのだろうという実感を持った。推測ではなく実感である。
英国を発つ前日には、そのケンブリッジ大学にお勤めのとある教授のお宅にお邪魔する機会もあった。お家にお招きいただき、お茶を頂いた。お庭を拝見したときに、しっかりと生活に溶け込んでいるイングリッシュガーデンに感動を覚えた。
この世にうまれて「生活をする」ということの意味を考えさせられた。
パブの帰り、一足先に宿に戻った子どもたちのもとへ急ぐ和巳さんの後ろ姿と、石畳の道が印象的だった。
子どもをケアするという日常と英国に居るという非日常の渾然が楽しい旅であった。
今回の英国では、考えること、感じること、この2つが、日本に居る状態とは違ってとにかく新鮮であった。
この収穫を何とか自分の言葉や音で表現する機会を持ちたい。
願わくば来年もここを訪れる機会があらんことを。
ここは、和巳兄さんにとって11年ぶりの思い出の地。
私にとっては12年ぶりの訪問地である。
ケンブリッジという名前は「ケム川にかかる橋」という意味らしい。
そのケム川にかかる橋を渡ってみたりしながら、みんなで歩いた。
12年前、和巳さんの細君故ハルコさんも一緒にこうして川べりを散歩したことなどを思い出していた。
一方、ケンブリッジ大学では、ちょうどシェイクスピアフェスティバルが行われていた。和巳さんが、そのプログラムの中から「ヴェニスの商人」のチケットを手に入れてくれて、我々はそれを観た。
Robinson College Gardens で上演された野外劇である。
夏とは名ばかりの寒い気温だったけれど、ケンブリッジ日本人会の会長Tamako氏も合流してくださったりして、あったかな気分で、鑑賞することができた。
同行した子どもたちには、この英語の野外劇、ちょっとハードルが高かったかもしれないが、なぜだかみんな神妙な顔をして、終わりまでじっと観ていた。
その姿を横から眺めつつ、僕らは勿論であるが、子どもたちにとっても、こういう空気感を味わうことが重要なのだろうという実感を持った。推測ではなく実感である。
英国を発つ前日には、そのケンブリッジ大学にお勤めのとある教授のお宅にお邪魔する機会もあった。お家にお招きいただき、お茶を頂いた。お庭を拝見したときに、しっかりと生活に溶け込んでいるイングリッシュガーデンに感動を覚えた。
この世にうまれて「生活をする」ということの意味を考えさせられた。
ケンブリッジという土地が、そういうことを考えさせるのか、それとも他の要因か。
教授が庭で、和巳さんと僕とのツーショットを撮ってくださった。
旅の終わりに、いい記念の写真になった。
しめくくりは、やはり「フィッシュ&チップス」であろう。
ケム川沿いにあるボートハウスというパブで頂いた一品。
ひじょーにうまかた!
やはり、こーゆー写真が1枚ぐらいないと私のblogらしからぬ(笑)
パブの帰り、一足先に宿に戻った子どもたちのもとへ急ぐ和巳さんの後ろ姿と、石畳の道が印象的だった。
子どもをケアするという日常と英国に居るという非日常の渾然が楽しい旅であった。
今回の英国では、考えること、感じること、この2つが、日本に居る状態とは違ってとにかく新鮮であった。
この収穫を何とか自分の言葉や音で表現する機会を持ちたい。
願わくば来年もここを訪れる機会があらんことを。
2015年1月9日金曜日
名古屋の味
事務所で仕事していた男どもに、センセからの嬉しい差し入れ。
手羽先だ!
震災後、七ヶ浜国際村パフォーマンスカンパニーNaNa5931の名古屋公演の際に、現地で我々が「手羽先」にはまったことを覚えていて下さったらしい。
名古屋の皆さんの温かいご支援とともに、今でも鮮明に思い出される手羽先の味。
当時僕はひとりで30本近く食べてしまった。
そんな話を聞いていたのでしょう。
藤崎デパートでやっていた「名古屋フェア」で並んで買ってきてくださった。
我々は大喜びでそれをほおばった。
半分以上食べたところで、慌てて撮った写真。
そうそう、この味、この味。
大変おいしゅうございました。
あぁ、また名古屋に行きたくなった(^^♪
手羽先だ!
震災後、七ヶ浜国際村パフォーマンスカンパニーNaNa5931の名古屋公演の際に、現地で我々が「手羽先」にはまったことを覚えていて下さったらしい。
名古屋の皆さんの温かいご支援とともに、今でも鮮明に思い出される手羽先の味。
当時僕はひとりで30本近く食べてしまった。
そんな話を聞いていたのでしょう。
藤崎デパートでやっていた「名古屋フェア」で並んで買ってきてくださった。
我々は大喜びでそれをほおばった。
半分以上食べたところで、慌てて撮った写真。
そうそう、この味、この味。
大変おいしゅうございました。
あぁ、また名古屋に行きたくなった(^^♪
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