2014年12月12日金曜日

狂言

昨夜は、県民会館で狂言を観る機会を得た。


これが、実に面白かった。
野村萬斎さんの番組解説(演目前説)は秀逸で、立見席まで完売したという満場のお客様の心をつかむ。すでにここから狂言の舞台が始まっていたことに後で気づかされる。

先々週は、お稽古場に能楽師の粟谷明生(あわや・あきお)先生をお招きしたことは、このブログでも、ご紹介した通り。
実は、粟谷先生と野村萬斎氏が共演する企画が仙台で進んでいる。


来年の10月31日(土)@電力ホール

面白くないわけがない。
見逃す手はあるまい

(入場券受付開始は来年の5月23日だそうです。近くなればこのブログでも再びご紹介する予定です)


ところで、昨夜のパンフレットのなかに「語句解説」というのがあり、大変役に立った。
さらにその中に「眷属(けんぞく)」という言葉が載っていた。


昨夜2つ目の番組「首引(くびひき)」のなかで出てくる単語であるが、「ん?」と思った。
その昔、私の父親の実家(山形県上山市)の年寄りたちは「一家眷属」ということばをしょっちゅう使っていたのを思い出したのだ。幼い記憶ながらそれは、家族や兄弟と区別して使っていることはわかった。親戚ともちょっとちがうように感じていた。
もう50年近く前の話だから、今はその言葉を使うひとが居るかどうかは不明だが、ひょっとすると、田舎のほうでは、今はあまり使わなくなった言葉が「遺跡」のように残っっていることもあるのかな、と感じた。

震災の記憶もそうであるが、風化させてはいけないものって、けっこう多いのではないだろうか。
そうしたものを、1つでも良いからある種の様式のようにして私たちの芸能の中に取り込んで(封じ込めて)おくことは、できないものだろうか。


近頃、よくそんなことを考える。


2014年12月11日木曜日

失われた街 模型復元プロジェクト

「ふるさとの記憶」と題された特別展を観てきた。
すばらしい企画であった。
誘ってくれた友人に感謝。


展示模型は下記の通り
・大沢(気仙沼市唐桑町)
・志津川(南三陸町)
・女川(女川町)
・石巻市(中瀬、門脇、南浜、湊地区)
・荒浜(仙台市)
・閖上(名取市)
・磯(山本町)


模型ではあるけれど、
どれも震災前の街並みがよみがえっている。

なかでも志津川の街は、1994年から11年間、歌津町小学生ミュージカルの制作・指導で通った町。


道路の段差まで記憶にある街並み。

ああ、涙が出そうだ。

今日は11日。


2014年12月10日水曜日

肉肉肉

ブログを更新しようとして、ページを開いた昨日。
ふと、右上のアクセスカウンターを見ると、

292929


これが肉肉肉に見えてしまう私は、

きっと肉に飢えているのだと思ふ。


2014年12月9日火曜日

20年前の今頃何をしていたか

皆さんは20年前の今頃、何をしておられたでしょうか?

江戸で遊んでいたあっしのもとに、仙台のスタッフからメールが届きました。

「純さん、演出家が突然20年前の楽曲を使用すると言い出しまして…こちらで探しましたが、譜面がありません。台本はあります。音源はカセットテープに純さんが吹き込んだものが残っていたので、サンプリングして添付いたします」

という内容。
タイトルを聞いただけではどんな曲だったのか、全く記憶にない。添付のmp3ファイルを聴いてようやく思い出す始末。

ちなみに、当時の僕の歌入りデモテープは仲間うちでは「お布団バージョン」と呼ばれていました。
歌入れの時、懐中電灯とマイクを布団の中に引き込んで歌入れしてたから(笑)

しかし、カセットテープでしか音が残っていないとすると、これは音源を作り直さなければ…
何しろ20年前の曲。耳コピーしながら作るのも大変だし、ひょっとしてデータ残ってないかなぁと微かな期待をしつつ、「とにかく、仙台に戻ってから、データを探してみるよ」と、とりあえずの返信をしておきました。

で、昨日からあちこちのハードディスクを探して、ついにそのファイルが見つかりました。パフォーマーというシーケンサーでつくられたMIDIデータファイルです。それが、奇跡的に残っていて、しかも、現在のアプリケーションで開くことができました!
浮気せずにず~っと同じシーケンサー使っていてよかったなぁ。

まずは、赤い四角で囲った部分の日付をご覧あれ!


(ちょっと字が細かくて見にくいですが)作業の痕跡が日付時刻からみてとれます。
確かに、1994年の12月につくられたデータであります。
フォルダーの名前をみると、当時「ビーブ」という地下劇場で上演した作品だったようです。
当時の機材はもうないけれど、これで、何とか音源がつくれそうです(^^)/

まったく、あたしゃ20年間同じような時期に同じような作業を繰り返しているんですなぁ(笑)

これ、今度のクリスマス公演で使用します。
でもね、このデータファイルをつくった1994年。こんどの作品の出演者の殆どがまだ生まれていなかったんだな、これが。
あははは~。

2014年12月8日月曜日

日比谷ネコ

彼と出会った刹那に、ぱぁ~っと、大量の事柄について対話したような気がしました。

普段の私ならばおそらくタクシーに乗って移動していたであろう距離。しかし、歩数計携帯効果でしょうか、私はホテルをチェックアウトすると、「歩いて」友人との待ち合わせ場所に向かっていました。

気持ちの良い初冬の朝。東京駅、坂下門、二重橋…と歩いて日比谷公園に差し掛かった時、
そのカレと出会ったのでした。
あとでワタシはカレに日比谷ネコと名前をつけました。

ワタシ: おっと、急に目の前を横切るとは、ビックリだ。日比谷公園に猫がいるとは!

日比谷ネコ: 失礼な言い方だな、君、僕はもう長いことここをねぐらにしているのだよ。君のほうこそ、こんな天気のいい、しかも月曜の午前中に公園を散歩とは… 仕事していないのか?


ワタシ: いや、待ち合わせ場所に行く途中なんだよ。

日比谷ネコ: カメラぶら下げて、仕事か?

ワタシ: これは趣味だ。

日比谷ネコ: 人間ってのは、記憶やノスタルジーに固執する生き物なんだな。

ワタシ: ??? …ところで、1枚撮ってもいいですか?

日比谷ネコ: かまわぬが、撮ってどうするのだ。

ワタシ: ブログに載せようかと。日比谷公園のネコちゃん♡なんてね。実は今、一枚撮らせていただいたんですが、ちょっと手前の葉っぱが気にかかるんで、もう一枚!

日比谷ネコ: くだらん。(移動し始める)

ワタシ あ、一枚だけ、こっち向いてください!

日比谷ネコ:(振り向かずに) 我々は決して後へ戻ることはしない生き物なのだよ。


カレは、あっという間に木の陰へと消えて行ってしまいました。公園では、お昼に向かう太陽浴びて、もうすぐ葉が落ちそうな紅葉が、キラキラしておりました。


2014年12月7日日曜日

山の上の天丼

この夏、英国でお会いした「ケンブリッジ日本人会」の会長さんを囲んでのパーティに出席させて頂きました。
場所は明治大学の紫紺館というところ。殆どの方々がケンブリッジ大学と関係のある大学教授、名誉教授という錚々たる顔ぶれのなかで、不肖ヒロセ純、少々場違いな感もありましたが、こんな私をもすんなりと受け入れていただける皆さまの度量に感服しきり。
ケンブリッジ日本人会については、いずれまた機会があればお話することと致しましょう。

ところで、その会場近くの山の上ホテルで、いただいた天丼。
これは実に美味でございました。(←思わず言い回しも上品になってしまうほど)。


やはり、油です。油の質で差が出るのでしょう。それと江戸前と言われる薄衣でカラッと揚げ抜ける技。ここでしか味わえないと言われる理由がよくわかります。
一方、油といえば、この夏食べまくった英国のフィッシュ・アンド・チップス。
これもやはり油です。食べた店全てで味が違いました。

…なぜか山の上ホテルの天丼食べながら、イギリスの夏を思い出していたのでありました。

雪の舞う月夜に

自分の30年ぐらい前のことを思い出しながら客席に居ました。

20歳ぐらいの若者たち、大学生、社会人、専門学校生、彼らが力をあわせてつくったお芝居を観ていた昨夜。

 

 

僕は20歳ぐらいの時、ここまでのパワーあったかなぁ。

とにかく、やり遂げることは重要。今夜の若者たちはあっぱれでありました。

 

芝居がはねて、狭い10boxから外に出てみれば雪がちらちら。

しかし、頭上にはお月さんも出ています。道理で冷える訳だと思いつつ、ブルっと震えて、車に乗り込んだ帰り道。

ハンドル握りながら、今夜の一生懸命な若者たちの行く末に幸あれと祈る自分がおりました。

 

 

2014年12月6日土曜日

ジーン・ケリー

来年からわが社のメンバーに加わっていただく予定のKさんと主宰の梶賀センセの二人が、先日、東急オーブで上演されていたミュージカル SINGIN’IN THE RAIN ~雨に唄えば~(アダム・クーパー主演) を観に行って、非常に面白かったってな話を聞いておりました。

それが、脳みそのどっかにひっかっていたのでしょうか。昼休みに昔輸入盤で手に入れたジーン・ケリー(1912-1996)のDVDを引っ張り出して観てしまいました。

やはり、今更ながらですが彼はまちがいなく天才です。こういう天才のダンスを観てきた次の天才が現れて、次の時代へと発展して、ダンスの系譜が連綿と続いていくのだろうなぁ、と再認識。


先日は能楽に触れる機会を頂戴しました。一方、このDVDでもいろんな方がクラシックバレエに言及、もしくは比較するような内容の場面が出てきます。
私の少ない経験からも感じるのは、新しいものが作られるとき、どこかに古典的な様式美が取り入れられているものは、将来にわたって語り継がれるような作品になることが多いような気がしています。

私たちの父、母、祖父、祖母、曽祖父…時代をさかのぼって、誰か一人が欠けても今の自分が存在しないように、ダンスや音楽の世界でも、古典的なものに対するリスペクトは、今を生き、新しいことに挑戦する場合には大いに必要なことなのではないでしょうか。

2014年12月5日金曜日

仙台の街なかを流れる広瀬川。
そこにはいくつかの橋が架けられています。
いちばん多く渡った橋と問われればおそらくこの橋。
大橋です。

今日は歩いて渡ってみました。
日没の直後でしたから、なんとなく交通量は多めです。
しかし、ひんやりとした初冬の空気が気持ち良い。

遠くに大手門隅櫓が見えていますね。
東日本大震災でこの櫓は大きな被害を受けました。


北のほうに目を向けると見えるのは、仲ノ瀬橋(なかのせばし)。
多分、大橋の次に多く渡ったのはこの橋です。
学生時代にはさらにひとつ上流の橋、澱橋(よどみばし)の近く、角五郎町(つのごろうちょう)に住んでおりましたから。


なぜ、そんな時間に歩くかって?
そりゃ、あなた、 この時間になっても、全く歩いていないことに気が付きまして。

歩数計つけてますから(笑)

2014年12月4日木曜日

俵飴と歩数計

お江戸に行ったりすると痛感するのは、普段自分がいかに歩いていないか、ということです。
仙台じゃ、すぐ近くに行くのにも車を使ってしまいます。運転が好きなこともあるし、車がないと仕事にならない場面も多いわけで…。

そんな私の状況に少々異変が…
実は、昨日、事務所で私の体重の話題になりました。
聞けばみんな、通勤や稽古場で徒歩や自転車、坂道、ダンス指導など相応の運動量があるようです。

事の発端は、好物の虎屋の俵飴をひとりで一袋ペロッと舐めてしまったことがバレたことです。


とにかく、この飴は舐め始めるととまらなくなるんです。そーゆーことではいけないんじゃない?とスタッフ全員から様々なご意見が。みんなに気を使っていただけることは、有難いことです。幸せなことですから、ここは素直に…。

結論から申し上げますと、さっそくヨドバシカメラに「歩いて」行って、
「歩数計」買いました(笑)。


今日の午前中はまだ1000歩ぐらいしか歩いていません。
特に目標を定めていませんが、自分がいかに歩かないか、ということを認識するだけでも、運動不足の抑止力にはなるやもしれませぬ。

因みに今は万歩計って言わないんですね。歩数計。しかもいろんなデータを入力して、リアルタイムでエネルギー消費量とかわかっちゃうんですね。軽くて小さいし。デザインもなかなか可愛い。なぜか「たまごっち」思い出しました。

不思議と持ってるだけで「歩かなくちゃ」という気分になります。