もとより、この夏の旅で、和巳さんはその計画について当初はさほど積極的でなかった。彼にとっては何度となく足を運んでいる土地であり、実際、若いころに長期滞在していた場所であるから、さもありなむ。訪問先としてのプライオリティは低かったのであろう。
ところが「お盆だから墓参りさ行ってみねすか」という私の意味不明なアイディアを面白がったのか「んで、ちょこっと行ってみるすか」とういうことになった。
思い立った翌日の朝、和巳さん、そうらちゃん、私の3人は、ロンドンのメリルボーン駅から列車に乗り込み、シェイクスピア生誕の地、ストラトフォード・アポン・エイボンへと向かった。恐らく観光ツアーなどの場合、バスで赴くのが便利なのだろう。直行の列車は意外に空いていて快適であった。
観光バスなどが到着するにはまだ少し早い時間であったせいか、駅から歩いて辿り着いたストラトフォードの町の中心部には観光客らしき人影も少なく、比較的穏やかな表情を見せていた。
まずは、ロイヤルシェイクスピアカンパニー(RSC)の事務室を訪問して、和巳さんは、Cicely Berry さんへの手紙と留守電メッセージを残した。
RSCでは、あえて芝居を観なかった。私たちは「ふらっとお墓参りにきた」という感覚に浸っていたかったのかもしれない。いずれここでわたしが芝居を観る機会は必ず訪れるであろう。そんな確信めいた予感もあった。
次に、RSCの劇場そばで、少し懐かしい光景を目にしながら、シェイクスピア先生のお墓のあるトリニティ教会を目指してぶらぶらと歩いた。
協会の門をくぐると、緑のトンネルが続く。
僕は、そうらちゃんの手を引いて、和巳さんのあとに続いた。
なぜか和巳さんの足取りが速くなる。
墓所を前に、私たちは450年前にここで生まれ、ここに眠るシェイクスピア先生を思った。
和巳さんはずいぶん長い時間祈っておられたように感じた。
一方、ここはシェイクスピア生誕の家。
庭ではシェイクスピア作品のスキットが演じられていた。
生家に入るのには入場料を取られるが、このスキットの観劇料も入っていると思うと安いものだ。
今回の旅で感じたことのひとつに、イギリスの役者は楽器を演奏する人が多いということがある。そしてこれがまたうまい。歌まで歌ったりする。役者なら楽器ぐらいできて当たり前なのか、嗜みなのか。まるで皆ミュージカル俳優のようだ。とにかく、どんな環境においても客を愉しませることに徹している。
シェイクスピア先生の生まれた土地で、我々は生誕450年をお祝いした。
そうらちゃん撮影の2ショット。
もちろん、フィッシュアンドチップスもしっかりいただいた(笑)
ストラトフォード・アポン・エイボンは、私が想像していたよりも静かな、そして完全にシェイクスピア先生に彩られた町であった。
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