皆さんは、どんな状況、どんな方法で本を読まれるのだろう。
きっとそれぞれに、違った読書法や楽しみを持っていらっしゃるに違いない。
SCSミュージカル研究所では、研究生に対し読書を推奨している。
別に宿題にしているわけでもないが、本を読むと報告してくれる子たちがいる。これは嬉しい。
一昨日も、研究生が結構な分量の感想文を持って、お稽古が始まる前に事務所のドアを叩いてくれた。 この春、高校を卒業する彼女の感想文は、瑞々しい感性に溢れ、私自身も感心させられるような場面も多い。
一方、読んだ本のイラストを必ず書き入れてくる子、まだ文字の書けない幼稚園児は家族に読んでもらった絵本からの印象を絵にして持ってきてくれたり、また、感想文の中に自分のちょっとした悩みや課題などもちらつかせてくる子もいる。とにかく、読むことと書くことがリンクしていることが大切だと感じているし、こちらも研究生たちが書いたものを読むのを楽しみにしている。
その昔は「お父さんのパソコン借りて書いた」と言って、「自作小説」を持ってきてくれた中学生にはびっくりした。
翻って、不肖ヒロセ純の読書法は…
ぁあ、全くなっていないと感じてしまう。
ふと机の端に目を向ければ、読みかけの本が積みあがっている。
あちこちかじり読みで完読するまでいつも時間がかかる。
こんな散漫な読書法は、非効率的なのでは、読書の意味が薄れるのでは、などと一抹の不安を感じながらも、「まぁ、読まないよりはいいのでは」とか、「いろんなことに興味があるだけでもいいんでない?」「ボケ防止にもなるかな(笑)」などと、自問自答する日々。かといって「とにかく読破」などという気概もなく、また新しい本を読み始めたり。中途半端なのである。
しかし、不思議なことが起きる瞬間がある。積み上げた本たちに、ふと縦糸が通ったように感じる瞬間だ。著者も時代も分野も違うのに、書物に書かれていることたちが、突然3次元化するような瞬間。
それはそれは楽しい瞬間。悦楽なわけで…
きっと今後もこんな調子で人生をやっていくのであろう。
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